第三章 死に至る病とは死を恐れぬことである

第三十六話 御仏百景 その1

 回転扉を抜けた先は、既にエレベーターの中だった。

 私は壁に背中を付けて扉を見つめ、不良は床に胡坐をかいてあくびをしていた。

「次のフロアボスなんだろうな。」

「ある程度分かりますよ。」

「マジかよ。」

「おそらく、ですが。御仏百景です。」

「それ、マジなんだろうな。」

「八段旅行の能力によって生まれる、フロアボスは基本的に固定です。八段旅行の目的によってある程度の変化はあるようですが、特に次のフロアボスは固定の可能性が高いそうです。」

「誰情報だよ。」

「女神です。」

「信じてもよさそうだけど、なんだか、全然信じられねぇ感じもあるし。」

「利害は一致していますから、ここで嘘をつく意味もないでしょう。」

「で。」

「で、とは。」

「御仏百景ってどんな能力なんだよ。」

「説法を聞かなければ問題ありません。」

「聞くとどうなるんだよ。」

「一言でも聞いていると、改心する必要があります。」

 御仏というくらいである。

 改心でもいいし、心を洗うのでもいいし、悟らせるのでもいい。

 正直。

 なんだっていい。

「だから、なんだよ、その改心って。」

「今までついた嘘が一瞬でその身に降りかかります。」

「降りかかるっつうのは、なんだよ、天罰的なやつか。」

「ついた嘘一つにつき、寿命が一年縮まるそうです。」

 つまりは即死と。

「おい、ちょっと待て。それ、マジかよ。」

「まぁ、自分の鼓膜を破る以外道はないですね。」

「おいおいおいおい。あたしはいいけどよ、魔王はどうすんだよ。」

「だから、まぁ、失聴じゃないですか。これから一生。」

「ふざけんなよ、お前。」

「ふざけてません。命を落とすのと、耳が聞こえなくなるのどちらか片方を取れ、と言われたら耳が聞こえなくなる方を取る、それだけのことです。」

 僕はかなり冷静な判断を下していると思っている。

 しかし。

 かなり大きなリスクを背負わされることになることも分かっている。

 ただ。

 ただ、なのだ。

 それ以外にフロアボスの攻撃を無効化する方法があるというのか。

 ある訳がない。

 百景系能力は旅行系能力の条件が整ったときの発動速度や理不尽な効果を数で補った形をとっている。もともと、百景系能力の派生として旅行系能力が生まれたそうだが、今や旅行系能力の方が数が多い、そのため、百景系能力は特別な立場の人間、もしくはその存在が持っている場合が多い。

 能力名は肩書でもある、ということである。

「作戦を立てましょう。」

「あたしが殺すってころでいいな。」

「いえ。僕の黄金抜刀を使います。」

 不良が顔をゆがめて僕に急接近する。

「何考えてんだ、てめぇ。」

「ここのフロアボスは特別な鉱物で作られた仏像です。日本刀では切れません。」

「だからって。」

「なんにせよ、僕たちの持っている攻撃手段の中では黄金抜刀が一番適切です。」

「そんなことねぇだろ。もっと考えようぜ。」

「時間があります。」

「あるなら、じゃあまだ考えられるじゃねぇかよ。」

「あったとしても、結論は黄金抜刀を使う。それしかないということです。」

 最早、時間に意味がない。

 結論が先に来て、そこに後から時間が追いつくような感覚。

 僕は覚悟を決める。

 鼓膜も破るし。

 黄金抜刀も使うことになる。

 僕だって。

 ろくなもんじゃない、とは思う。

 エレベーターの動きが止まり、僅かに振動する。

 扉が。

 開く。

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