第三十三話 視線抜刀 その11

 死ぬぞ。

 これ。

 このままいくと死ぬぞ。

 後ろを振り向かれることなく。

 惨殺。

 首を飛ばされる。

 なんて、そんな上品なことは起きないだろう。

 最初は腕か。

 次は足。

 動けなくなってからゆっくりと体を外側から斬り刻んでいく。

 不良は縛られて、そのまま海へと落とされる。海水が肺に入り呼吸ができなくなって、太陽の光も届かないあたりで静かに目を閉じて、もがく意味も失う。

 ここで。

 二人とも死ぬ。

 ということは、死んでもない。

 絶対にない。

 絶対に死なない。

 絶対。

 イカレジジイは前を向くことを決断している。

 これは間違いない。

 けれど、実はそれだけで済まされない状況にはなっている。というのも、やはり二択の内のの一つを選択したということには変わりないのだ。

 僕は自分が殺されることを間違いないと思っている、もしくは知っているというだけで。

 イカレジジイはまだ自分が勝っているとは思っていない。この選択肢が正しいということを証明する事象は目の前で起きていないのである。

 場合によっては前も後ろも、という考えも持っている。

 両方から行われた場合は距離を一気に縮められて殺されることは覚悟しているので、結果的に片方を選ぶほかないという考えなのだろう。その点も、非常に覚悟の決め方が上手いと言える。

 ただし。

 イカレジジイが人間である以上。

 絶対に。

 不安はある。

 つけ込めるか。

 つけ込めるのか。

 つけ込める相手なのか。

 いや。

 つけ込む以外に道があるか。

 僕は冷や汗がこめかみから頬を伝ったのが分かった。

 不良の横を通りすぎる瞬間に、日本刀を自分の首に当てて、顔に力を入れて思いっきり斬る。

 イカレジジイが少しのけぞったのが分かる。

 噴き出させた血で砂埃の代わりを作って、視線抜刀から逃れようとしている、そう思ってくれたのであれば万々歳だ。

 そんな陳腐な作戦など考える訳もない。

 日本刀についた血を、倒れている不良の腕と日本刀に飛ばす。

 その瞬間。

 蝙蝠抜刀の能力によって、僕の血を吸収し不良の手に力が戻るのが分かる。

 不良の日本刀を思いっきり蹴とばして腰をかがめる。そして、僕の体を影にしてイカレジジイに見えないようにしながら、通り過ぎがてらブービートラップによって飛び散っている小石を握らせる。

 そして。

 不良に向かって小さく指示を出す。

「手に力を集中させろ。」

 今頃、イカレジジイの視界には不良の日本刀が砂埃の中から飛びだしているのが見えているだろう。

 こちらに向かって飛ばして目を潰そうとして失敗したのではないか、そんなことを考えているに違いない。

 僕は日本刀を振り回し砂煙を薄くさせると、顔面に力を入れて、足で強く地面を叩き大きな音をさせて、イカレジジイを睨みつける。

 イカレジジイが完全に僕を見つめた。

 いや。

 それだけではない。

 意識のそのすべてを僕に向けている。

 それを待っていた。

「今だっ、行けぇっ。」

 僕が窓を見つめて、そこに向かって叫ぶのと同時に。

 不良の手から小石が高速で投げられる。

 放たれた小石は。

 イカレジジイの目に向かって飛び、眼球を破壊、失明させることができた。

 という。

 ことは起きないし。

 起こさせる気もない。

 眼球に向かえば明らかに視線抜刀で斬り落とされる。

 そのため、イカレジジイの足元へと飛ぶ。

 イカレジジイの視界の端。かつ、否が応でも注目してしまう僕の顔から最も遠い、地面ぎりぎりの足元を。

 小石は飛び。

 イカレジジイの後ろにある壁にぶつかり。

 粉々になりながら。

 音を立てた。

 その瞬間。

 イカレジジイが後ろを向いた。

 待ってたよ。

 それを。

 ずっと待ってたんだぜ。

 二択に命をかけるという凡そ酔狂なその発想が。

 もしかしたら、間違えた選択をしてしまったかもしれないという不安に襲われるこの瞬間を。

 僕は足を思いっきり延ばし、腕を伸ばし、日本刀を突き出し。

 イカレジジイの眼球の高さへと持って行く。

 イカレジジイが後ろを確認し、顔を前へと戻す。

 眼球は。

 どことなく。

 プラスチックの感触に似ていたように思う。

「教えて欲しいのは村人について。そうじゃろう。」

「えぇ。教えて頂ければ見逃します。」

 イカレジジイはそれから二分間、たっぷりと沈黙した。

「本当に、村人を殺すんじゃろうな。」

「貴方が教えてくださる情報によります。」

「シームカードを装備すると良い。デバッグアイテムで、ちと反則的じゃが致し方あるまい。」

「有難う御座います。約束通り見逃しますので安心してください。」

 僕は日本刀の位置を眼球の高さから首の位置へと音もたてずに移動させる。

「名をなんというんじゃ。」

「ヴァニ―。ヴァニーデキソフォン。」

「良い名前じゃな。」

「これから死ぬ奴に本名なんか教えるかよ。」

 イカレジジイは血まみれの顔面でも、笑顔だった。

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