第三十二話 視線抜刀戦 その10
そもそも。
この作戦の一番の重要な点は。
不十分な作戦であることが相手に伝わることにある。
考えてもみれば。
砂埃が舞っているから部屋に飛び込むという点で間違っているのである。
砂埃は限られたエリアでしか発生していないし、何度も言うがその砂埃による保護は長くは続かない。
どちらにせよ。
砂埃から外に出ないと殺すことはできないのだから、十割零分零厘の確立で視線抜刀の餌食になることは目に見えている。
この問題が。
イカレジジイ側から見ても、直ぐに理解できる。
つまり。
ここまで情報を得るために慎重に慎重を重ねてきた二人組の男女の敵が、こんな作戦に自分たちの命を預ける訳がない。
ということは。
目の前からくる攻撃はあくまで囮で、それ以外の手段で殺しにくる可能性が高い。
特に。
後ろの窓は要注意である。
そう考えるしかない。
当たり前だ。
賢くて、状況がよく理解できるならこの点に注意を払うのは当たり前。
本当に。
本当に感謝しかない。
イカレジジイに感謝しかない。
賢くてありがとう。
本当にこちらを殺しに来てくれてありがとう。
強い能力を持っているからといって驕り高ぶらなくてありがとう。
貴方のその賢さを。
ずっと待っていた。
僕は下敷きになり抜け出そうと暴れている不良の少し後ろにいた。
日本刀を持った腕だけはなんとか外に這い出させている所に、イカレジジイをどうにか自分の手で殺したいという意思というか、執念を感じる。
僕はイカレジジイを見つめる。
姿勢を低くして足を前へと動かす。
「嘘だろ。」
そう。
声を漏らしてしまった。
イカレジジイが後ろを向かない。
まずい、まずい、まずい。
イカレジジイの表情を見つめる。
焦っていた。
間違いなく、死の恐怖を感じているのだろう。
しかし。
振り向かない。
そういう。
そういうことか。
もっと先まで読んでいるということか。
後ろから来るに決まっている、という所で思考を止めたのではなく。
前を囮にして後ろから襲わせるという作戦自体を囮にして、前から殺しにくる可能性もあるという点に間違いなく気づいている。
なんでだ。
なんでそこにまで気が付けるんだよ、このイカレジジイ。
この戦いの最後の勝負所は。
前に注意を払うか後ろに注意を払うかの二択の問題をイカレジジイに迫るところにある。そして、しかもそれは情報がほぼほぼない中で行われる、AかBかという問いであるため。
結局のところ。
運でしかない。
僕たちにとって一番の問題は、この前か後ろかという、ただの運の問題に。
イカレジジイが正解しているということである。
あのイカレジジイ。
後ろを捨てやがった。
死ぬ。
絶対に死ぬ。
確実にイカレジジイに殺される。
どうする。
日本刀をイカレジジイの目に向かって投げるか、いや、おそらくイカレジジイは自分に向かって飛んできた日本刀を視線抜刀で簡単に払うだろう。それにチャンスが一度しかない上に、失敗すると日本刀を失うことになる。こちらの攻撃手段をみすみす失うのに、目に当てられる可能性は限りなく低いとなると、これはあり得ない。
砂埃は。
薄くなる。
少しずつ、視界はよくなっていく。
絶望がよく見えるまで、およそ十二秒前。
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