第三十一話 視線抜刀戦 その9
「問題なさそうじゃな。わしも信用しておる。構わんよ。」
言ったな。
今、言ったな。
そんな発言。
普通、出る訳ないんだよ。
そちらの立場からすれば、今、僕の側には斬撃のダメージを喰らわない存在としての不良がいるように見えている。この状態で、目隠しをして一から三十まで数えるなんて馬鹿げている。
自殺行為だ。
仮にイカレジジイが道徳心のある、僕らよりも数段モラルのある人間であったとしよう。
さすがに馬鹿ではない。
が。
いいカモである。骨まで利用させてもらうだろう。
だが、このイカレジジイは賢く、それでいて性格が悪い。鴨というより烏に近く、もっと言うなら、烏ほどの賢さを持った鋭い爪の鷹である。
ということは、だ。
自分が目隠しをした時点で絶対に不良が殺しにくることは分かっている、という事になる。仮に目隠しを外して待ち構えたとして入って来るのは、不死身と思われている不良である。相性の悪い視線抜刀では歯が立たないので。
殺されるという予想も確実に立てている。
その上で、中に入れ、と発言した。
読めない訳がない。
足止め系のブービートラップがまだ部屋の中に設置されているのだろう。
鏡で中を見た不良が何も言わなかったことや、簡単に扉を引き飛ばして見せたことからも分かる通り、何か大掛かりな仕掛けがある訳ではない。
おそらく、だが。
いや、十中八九。
天井に、ある程度亀裂を入れているのだろう。
そして、視線抜刀によって斬撃を加えて天井を落下させる。下敷きになった人間は身動きが取れなくなる。
不死身系の能力者がいる可能性を鑑みての、殺す罠ではなく指一本動けなくするための罠。
それがなければ。
中に招くわけもない。
「魔王、やろうぜ。あたしは行ける。」
「では、それを頂けますか。」
不良が頷き、鞘から日本刀を取り出し、先に手鏡を取り付ける。
「では、始めましょうか。」
「やろうぜ、イカレジジイ。」
「おお。一、二。」
中でイカレジジイが数えだす。
不良が直ぐに手鏡で中を覗く。
「さすがだぜ。」
「どうですか。」
「目隠ししないで、腕組してこっち見てるぜ。」
その瞬間。
鏡が割れた。
さあ。
行こうか。
不良が壁に寄りかかりながら日本刀を振り回し、扉の前に立つ。切断された右腕を僕に向かって蹴り飛ばした。
「かましてくるぜ。」
僕は投げられたものを受け取ると、壁の裏側に身をひそめる。
不良の叫び声が一秒、二秒。
やはりイカレジジイは斬撃を飛ばさない。意味がないと分かっている。
その瞬間。
鈍く大きい音が一気に床を叩く。
予想通り。というか、予想が当たったところで、だが。
天井が落とされたのが分かった。
中を覗くと砂埃が上がっている。直ぐに収まってしまうことは分かるので、静かに扉の前を通り移動した。
日本刀を鞘から抜く。
そして。
一気に走る。
砂埃の中にいる以上は視線抜刀の餌食にはならないが、当然、イカレジジイまで距離が相当ある分、砂埃から出なければ殺すことはできない。砂埃も時間の経過とともに落ち着いてしまうので、視線抜刀を防ぐための壁としての機能は徐々に失われる。
この一瞬で分かったこと。
それは。
この視線抜刀が万能ではないということ。
砂埃の中ではあるが、実際こちらからイカレジジイのことは見えているのだ。間違いなく、イカレジジイの方からも僕のことは見えている。
しかし。
能力は使われない。
ということは、だ。
この視線抜刀は相手との間に壁がある場合は当然だが、それに加えて、透過性の壁があった場合でも使えなくなる能力なのだ。
おそらく、今、視線抜刀を使うと私ではなく、私の手前にある砂埃を斬りつけることになる。だから使う意味がないと踏んで斬りつけてこない。
だからといって。
事態は全く良くはならないが。
だから。
だからこそ。
今なのだ。
イカレジジイは目の前に生まれている砂埃の中にいて、一人は押しつぶされ、もう一人はその中から飛び出してくる。
それを殺せば。
勝ちだと。
そう思ってるんだろ。
なぁ。
イカレジジイ。
お前、今。
気が緩んでるんだろ。
イカレジジイは嫌いだが。
耄碌してるイカレジジイは大好きだぜ。
「今だっ。後ろからいけぇっ。」
僕は思いっきり叫ぶ。
言葉は。
イカレジジイの後ろにある窓へと当たって、そのまま私へと反射するほどだった。
気になるだろ。
まだ、仲間がいたのかって気になるだろ。
いいんだぜ。
不安にかられて窓を見ようとして。
遠慮なく。
後ろを振り向けイカレジジイ。
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