第二十九話 視線抜刀戦 その7

 十一メートル四十センチ。

 その距離は絶望の距離。

 僕らの日本刀では届かず、それでいて視線抜刀の餌食になる距離。

 十一メートル四十センチ。

 圧倒的に有利な能力に、圧倒的に有利な状況が合わさると、どうなるか。

 本当に最悪の状況過ぎる。こんなによくもまぁ、整うものだと思う。

「最初の後ろの窓から行くのはどうだ。」

「僕が敵であることがばれている以上、貴方が死んだことも心から信じているとは思えません。」

 確実な奇襲にはなりえない。

 だが。

 待てよ。

 あの安楽椅子の老人はどう思っている。

 一応、言葉ではあの女を殺しただろう、とは言っている。

 しかし、僕の言葉である、あの女は処理しました、によってむしろ生きている可能性があるとは感じているはずだ。

 だが。

 切断された右腕は見ている。

 見ているという事は、憶えているという事だ。

 今、不良には、右腕がある。

「扉の前を通って、あちら側に走ってくれませんか。」

「は。」

「いいから。」

「死ねって言ってんのか、てめぇ。もう、吸収した血肉使っちまって、あたしもう再生できねぇんだぞ。」

「できれば、右腕と顔をみせるようにして走ってください。」

「ちょい、ちょい、聞けってお前。」

「その時、必ず切断された右腕を間違えて落とすような感じで、お願いします。ほら、行って、早く。」

「魔王、おい、魔王。どうしたいんだ、お前。」

「右腕を切断された女が、その切断された右腕を、新しく生えてきた右腕で抱えて走っていくのを見せるんですよ。」

「だから、何だよ。」

「斬撃が全く通用しない女が敵側にいると思わせるんです。」

 これしかない。

 安楽椅子の老人は、自分の能力を使いこなしている。ということは、切れ味も分かっている。おそらくだが、顔を斬り刻み、不良の腕を斬り飛ばした時、殺すには至らなくとも、眼球を潰し、腕の切断くらいは行えた、という確信は持っている。

 これは間違いない。

 今現在。

 部屋の外に、あの女はいても戦力として参加はしてこないだろう。

 生きてはいるが駒としては消して問題ないだろう。

 問題は今、話しかけてきている男の方だろう。

 そう考えている。

 というか。

 もう、僕らはここに賭けるしかない。

 間違えろ。

 見誤れ。

 斬撃の効かないタイプの能力者だと勘違いしろ。

「じゃあ、行くぜ。」

 その時。

 僕は不良の背中を日本刀の柄で押した。

 不良が前のめりになり、焦った表情をする。

 体が扉の前に出てしまい、そのまま一気に体を捻って回しながら向こうの壁へと逃げる。

「魔王っ、何すんだてめぇっ、この野郎っ。ぶっ殺すぞごらぁっ。」

 右腕は。

 完璧に扉の前に落ちている。

 ナイス。

 斬撃は当たっていない。

 当たり前か、視界には一秒の半分も入っていなかったはずだ。

「す、すみません。」

「すみませんで、済むかよこのボケっ。」

 不良が親指をたてて、こちらに向かって笑う。

 悪魔的である。

 不良が斬撃による攻撃に対して不死身ということを信じさせるには、僕らがそれをかなりのアドバンテージだと思っていることを前提にしなければならない。

 ということは、だ。

 そんな不良をみすみす扉の前に立たせ、その不良の能力を安楽椅子の老人に悟らせるきっかけを与えるなど、僕らはまず起こさない。

 だから。

 もし、起きるなら。

 こちら側で、間違えて不良の背中を押してしまうようなミスをした場合。

 つまり。

 ミスの演出。

 成功した、と思いたい。

 失敗ではないはずだ。

 そうだろう。

 そうに決まってる。

「ふざけんなよ、クソがっ。てめぇのせいで、あぁ。もう。」

 いや。

 不良、そういうのは言えば言うほどだから。

「てめぇ、マジかよ。おい。」

 いやいや。

 相手がどう思ってるか知らないけど、わざわざそんなでかい声だすかって普通。

 いらない、いらないよ、そういう演出。

「のう。」

 僕と不良は体を跳ねさせる。

「なんでしょうか。」

「取引をせんか。」

 かかった。

 

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