第二十八話 視線抜刀戦 その6

 安楽椅子の老人が扉に近づいて開けた気配はない。

 これは、ある程度の距離を取った状態で能力によって開けたということになる。

 視線抜刀。

 この能力は斬撃だけではなく、ある程度打撃の効果も付加されているようだ。

 そうでなければ、このように扉が飛ぶわけもない。

 無理矢理引きはがされた扉。

 吹き飛んだ、ねじやら、蝶番やらその他諸々。

 粉になって舞う、壁の欠片たち。

 ようやく。

 ようやく、だ。

 それらしくなってきた。

 命と命のやり取りなのだ。

 正々堂々などそんな尊大な言葉など口が割けても言えない。

 僕らの戦い方のモットーは。

 肩まで浸かって泥仕合。

 これ以外にはない。

 これに尽きる。

 さあ。

 やろうじゃないか。

「鏡はありますか。」

「あたし、持ってるぜ。」

 不良が胸ポケットから小さな手鏡を取り出す。

 可愛らしいデザインがされており、転生する前の世界にあったデイジーを模しているかのようである。

 不良の手の中におさまっていると、とても似合っている。

「その鏡で、中の様子を覗けますか。」

「オーケー、任せな。」

 今回重要なのは、何度も何度も繰り返してきたことだが。

 間合い。

 これに尽きる。

 ほぼ無限の射程範囲を誇る、視線抜刀に対抗する手段は。

 零距離抜刀。

 ここにいかに近づけるか、それのみである。

 安楽椅子の老人が動いているものを見つけ、それにピントを合わせるまで一秒かからない。つまり、僕らは視界に入ってから最低でも一秒未満で安楽椅子の老人を殺すか、眼球を潰す必要がある。

 その距離を考えれば。

 答えは出る。

 部屋に侵入。

 仮に。

 安楽椅子の老人がいる場所まで一メートル。

 確率的には七割殺せる。

 安楽椅子の老人がいる場所まで二メートル。

 確率的には五割殺せる。

 安楽椅子の老人がいる場所まで三メートル。

 確率的には二割殺せる。

 安楽椅子の老人がいる場所まで四メートル。

 確率的にはもう、零に近い。だが根性があれば、相打ちはいけるかもしれない。

 安楽椅子の老人がいる場所まで四メートル。

 根性で、その、どうにかしたい。

 安楽椅子の老人がいる場所まで四メートル。

 根性で、必死になって、それでも傷がつけられるかどうか。

 せめて。

 せめて、四メートル以内。

 現実的な数字を言うのであれば。いや、言う必要はない。

 根性も、やる気も、死に物狂いも、必死さも、勝ちたいという暑苦しさもすべてひっくるめて。

 四メートル以内。

 五メートル以内でもいい。

 不良が紐を使い、手鏡を日本刀に括り付けて、一瞬だけ中を覗き、直ぐに戻す。

 それでも、不良の日本刀から火花が散る。視線抜刀の能力で、斬撃が当たっているのである。

 不良は頷きながら手鏡を外すと、そのまま胸ポケットへとしまう。日本刀を鞘に納めてから、柄を握り締めて僕に向かって鼻で笑った。

「何メートルでしたか。」

「久しぶりだぜ。」

「何がですか。」

「メートルだよ、メートル。転生する前の世界じゃあ当たり前に使ってた単位なのに、こっちに来たら、まぁ誰も言ってねぇからな。久しぶりにその単位で距離、測ってたぜ。」

「そうですか。」

「十一メートル四十センチ。」

 僕は。

 自分の体が硬直していくのを感じていた。

 

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