第二十七話 視線抜刀戦 その5
安楽椅子の老人は、こちらが敵であることを知っている。
そのうえで、中に誘い入れようとしている。
それは分かった。
だが、有利な点もある。
一つ目は、不良が死んだと思っていることは間違いがないこと。
二つ目は、こちらは少なくとも安楽椅子の老人が騙しに来ているということを知っている、ということ。
喧嘩上等。
さて。
「君も中に入るといい。」
「ありがとうございます。」
「よく冷えた酒がある、わしと勝利の美酒に酔いしれようじゃあないか。なあ、そうだろう。」
「全くです。しばし、お待ちを。」
この扉の前での会話が今のところ続いている。
あと、一分。
あと一分で中に入ってこない場合は、普通であれば異変を感じ、外にいる人間が敵ではないか、と疑い始める。だが、中にいる安楽椅子の老人は外にいる僕らが敵であることを知っているので、おそらく一分経っても何の疑いも持っていないという風に招き入れようとしてくるだろう。
最後の一線は。
一分後の発言。
それですべてが明らかになる。
九割九分九厘は。
一分後の一厘で。
十割の戦闘を証明しだす。
「どうする。」
「後ろに回る件ですか。」
「それも含めて色々だよ、バカ。」
「正直、今までの安楽椅子の老人の発言から読み取れていた、状況がかなり疑わしくなりました。推測ではなく実際の目で確認しない限りは、もうきついです。」
「安楽椅子の老人じゃなくてよぉ。」
「いえ。イカレジジイではなく安楽椅子の老人です。」
やはり。
この扉をなんとしても開けたい。
情報が少なすぎる。
酷すぎる。
当たり前のように逃げるという選択肢がまともに感じられる。
「どうした、中に入って来ると良い。扉も開けてあるんじゃがのう。」
確定。
完全にこちらを敵と認識して優しく話しかけてきている。
臨界点も近い。
まずい。
「申し訳ありません。あの、扉なのですが。」
言葉を絞り出す。
「どうしたんじゃ。」
さあ。
どうする。
何の発言が正しい。
どう、膨らませる。
余りにも。
余りにも重すぎる扉。
近づくことすらかなわない。
重すぎる扉。
ドアノブも丁寧について、しかもこの豪華客船の雰囲気に合うような高級な見た目であるにも関わらず。
開けたくない。
開けてはいけない。
重い。
重いのか。
そうか。
「すみません。扉が開かないのですが。」
「あん。」
「扉が開きません。」
「そんなことはないじゃろう。鍵も開けてある。」
「しかし、ノブが回りませんし、押してもびくともしません。」
安楽椅子の老人から言葉はない。
僕は少しばかり黙ってから口を静かに開く。
「開けて頂けませんか。そちら側からなら開くかもしれません。」
安楽椅子の老人は、僕らが騙しにかかってきていることを知って騙しにきている。その表面的な行動の一貫性を取るのであれば、ここは開けに来なければおかしくなる。
選べ。
僕らは選ばない。
お前が選べ。
安楽椅子の老人。
開けられないなら、お互いがお互いを騙そうとしているということが、お互いに筒抜けになり、かつお互いにとって周知の事実となる。
舐めていたんだろう。
僕らのことを。
僕らくらいなら、その上から被せれば騙せるだろうと腹をくくっていたんだろう。
来いよ。
来て開けろよ。
開けて。
死ね。
「聞こえていますでしょうか。」
おい、分かるか。
分かるように煽ってんだぞ。
聞こえるか。
てめぇにも分かるように煽ってんだぞ。
勝つとか負けるとかじゃねぇんだよ。
舐めやがったやつに、唾ぶっかけるためにこっちは生きてんだよ。
その瞬間。
安楽椅子の老人の部屋の扉が甲高い音を立て、その後、一気に吹き飛んだ。
通路の壁に当たり、壁が砕け。
甲板を火花を散らしながら滑る扉。
焦げ跡とその匂いが充満する船内。
「ほうら、開けてやったぞ。」
さあ、ここからだ。
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