第二十四話 視線抜刀戦 その2

「なんだあれ。」

 僕もそう思った。

 白い清潔な壁にある、無機質な鼠色の扉。

 その奥には視線抜刀を使う、安楽椅子の老人。

 通称、イカレジジイがいる。

 おそらく戦闘になる。

 だが。

 その扉から直方体が落ちたのだ。

 不良が近づいていき、しゃがみ込みながら注意深く見つめながら腕を伸ばし、静かに掴んだ。

 僕はあたりを伺う。

 僕ら以外にはだれもいないとは思うが、他から攻撃を受けているということも考えなければならない。

 立方体はどことなく冷たそうであった。

 それでいて重いのだろう。

 不良は、それを自分の顔の近くにまで持ってきて、そして眼球に付着するくらいにまで近づけて眺めてみる。

 僕は距離を取ったままだった。

 不良の行動をうかつではあると思ったが、結果の出ていない行動に対して、うかつかどうか、という判断をするのは間違えている。けれど、もう少し注意した方がいいのではないか、とは思った。

 イカレジジイの部屋の扉を見た。

 一部分だけ。

 色が違う。

 目をこらす。

 正確には。

 色が違う、訳ではなかった。

 ただ、なんとも言い難い。

 色は似ているし、どことなく光の加減であるとかその点の違いを感じられる。

 だから、だろうか。

 扉が鼠色で、落ちている直方体も鼠色であることを紐づけるのにわずかばかりてこずり。

 不良がその扉の前で立ち上がるのをただ見守るほかなかった。

 扉にある色違いの部分。

 それは。

 穴だった。

「おい、魔王、この鼠色のやつなんだろうな。」

 僕は走りだしていた。

 そのまま不良を突き飛ばし、二人で倒れ込む。

 痛みよりも摩擦熱。

 それが味わった感覚の最初だった。

 一緒に床に転がったのは。

 鼠色の直方体。

 そして。

 不良の右腕だった。

 血は噴き出ず、ただ、蛇口をひねったように一定の量を垂れ流し始める。

「それは、扉の一部です。中で視線抜刀を使って、扉に穴を空けてそれをこちら側に押し出す。誰かがそれに気が付いて拾い上げると、丁度、扉に開いた穴から見える景色に貴方の顔が映るよう計算されているんです。後は、視線抜刀をしてその穴から見えた相手を斬り殺せばいい。よく練られています。本当によくできたトラップですよ。」

 僕は不良の顔を見つめる。

 斬撃で、もう唇も瞼も眼球も同じ何かにひとまとめになっており、綿の出た人形を赤く着色した状態に近かった。

 僕は扉の穴の場所を考えながら、不良の死体を動かす。

「痛いですか。」

「めっちゃいてぇよ、バカ。ちょっと死んでたからな、あたし今。」

「さすが、蝙蝠抜刀。」

 自分の命のストックを持つことができると言ってもいい能力。だからこそ、不良はあそこまで大胆な行動ができるとも言えるのだが。

 ただ、うっかり死なれても結構困る。

 先ほどのように一瞬ではあったが死体を動かすはめになる。かなり重労働なのだ。

 僕は扉の横の壁に隠れながら、扉の穴から見えないように扉の中心をノックしてみる。

 扉の内側で一瞬で何百回と斬りつけたような音が聞こえた。

 目で確認できるほどに扉がこちら側に盛り上がっているのが分かる。

 斬り殺す気満々ではないか。

 何故、そこまで殺人にやりがいを感じられるのか甚だ疑問である。きっと親の育て方が悪かったのだろう。

「マジでやべぇ能力だぜ。」

 不良の顔は若干もとに戻ってきており、斬られた腕からは新しい右腕が伸び始めている。相変わらず、切断されて孤独に血を吐き出し続けていた旧右腕だが、その量は若干少なくなってきている。

「分かっています。そんなことは分かった上で言わせて頂きますが。」

「なんだよ。」

「マジでやべぇのは僕らの方ですから。」

 チート能力持ってるくらいで調子乗りやがって。

 ぶっ殺すぞジジイ。

 

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