第二十三話 視線抜刀戦 その1

「魔王は信じてんのかよ、あのクソジジイのこと。」

「安楽椅子の老人のことですか。」

「ちげーよ。執事やってるクソジジイの方だよ。」

 苛々する気持ちは分かる。

 確かに。

 ジジイが多くて、この豪華客船は加齢臭が充満している。

 加齢臭は若者の脳味噌を腐らせる一番の原因である。

 ちなみに、加齢臭をまき散らす老人一人に対して、若者の綺麗な息が千人分必要と言われており、今現在、この豪華客船は完全な危険区域と化している。問題であるのは、この加齢臭というものはまき散らす本人には全くその意識がないという点である。そのため、ここで指摘してしまうと怒りだしてしまう可能性がある。

 怒るという事は。

 そう。

 大きな声をだす。

 叫ぶ。

 そして。

 喋る。

 つまりは。

 指摘をしても、いたずらに加齢臭の濃度を高めるだけということなのである。

 僕は、ただただ震えるばかり。

 というのは冗談であるとして。

 さて。

 不良の発言の意味は分かる。

 まず、前提として。

 執事が本当に富豪であるか。

 本当に村人の知り合いなのか。

 そして。

 やはり、本当にシージャック犯ではなく船員なのか。

 というのはまだ信用に値する段階ではないのである。

 加えて、僕らの行動が自分たちの選んだものではなく、選ばされたものであることもまた、余り良い展開とは言えない。

「仮に、執事の言っていることが嘘であったとしましょう。だとしても、僕らはこの状況における正解の道を辿っています。まず、安楽椅子の老人に会えることにはなった訳ですし、戦うことにはなりましたが、そもそも情報を教えてくれなければ同じく戦闘にはなったはずです。図書室での指示が、安楽椅子の老人か、執事か。」

「イカレジジイか、クソジジイ。」

「図書室での指示が、イカレジジイか、クソジジイのどちらであるかはまだ分からないのですから、両方にアプローチできる状態を保つほかありません。」

 僕は通路の右側にある窓から外を眺める。

 手すりがなくなった分、甲板のベージュと、青い海に青い空、そして、白い雲が美しかった。

 切り取って飾りたい窓だ。

 そんなことを思っているうちに、部屋の前についた。

 安楽椅子の老人。

 通称。

 イカレジジイ。

 その部屋の前。

 本当にイカレジジイが内通者だったとしたら、シージャックが成功した気配がないことは今現在の段階で分かっているはずである。そうなると、まず、部屋を開けてシージャック犯側の人間ではないと分かったら、斬り殺すのではないか。

「視線抜刀って、どんな能力なんだよ、魔王。」

「ピントを合わせたものを斬り殺す能力です。」

 射程距離、無限。

「えぇと、そうだ、攻撃してくるタイミングとかは。」

「目を開けている時。」

 ノーモーション。

「切れ味は。」

「人間くらいなら半分に。」

 即死。

「チートじゃねぇか。」

 そうだよ。

 チート過ぎるんだよ、この能力。

 バランスぶっ壊れてんだよ、普通に。

 よくもまぁ、こんな能力が存在していて、かつそれを使いこなせる人間がいるもんだとは思うよ。僕も、だっておかしいもん。

 見たら、殺せるんだよ。

 やばいってこの能力。

「あたしが、その能力だったら負ける気しねぇんだけど。」

「奇遇ですね、僕もです。」

 能力ガチャに当たりたかったなぁ。

 もうちょい、いいの欲しかった。

 その時。

 扉から何かがこちらに向かって落ちた。

 床の上で少しだけ転がる。

 ただの鉄製の直方体だった。

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