第二十話 赤色旅行戦 その7

 お前は、今、俺っちのことを騙そうとしている。イエスかノーか。

 そんな。

 そんなふわっとした感じの質問、していいのか。

 いや。

 そもそも、していたけれど。

 していたけれども。

 ちょっと、待て。

 まずいぞ。

 これ。

 この質問、無敵すぎる。

 圧倒的過ぎる。

 完璧にこの質問で、僕を信用できるかどうかを確認することができる。

 赤色旅行。

 拷問においては強すぎる。

 交渉においては強すぎる。

 ハッタリ合戦において強すぎる。

 駄目だ。

 桁違いに、赤色旅行という能力。今の状況に合ってしまっている。

 直接攻撃でこの場を打開するか。

 いや。

 絶対無理。

 まず銃口が近すぎる。

 質問に嘘をつき、撃ちだされた銃弾を斬って見事に生還。なんてことは絶対にありえない。

 沈黙を貫いて、距離をとり反撃する。いや、ここまでで僕は喋りすぎている。たとえ、ここから先、僕が嘘をつかずに切り抜けようとしても、たぶん、普通に撃って来るだろう。

 ある程度の信用はされていることは分かる。だが、あくまで五割零分零厘。

 あと、一厘。

 そのための質問としては、確かに完璧だ。これ以上ない程、素晴らしい質問と言える。限られた回数を節約しながら会話だけでここまで進め、最後の詰めだけは能力に頼る。

 そうあるべきだ。

 その赤色能力を使うなら。

「ヘイ、ジェントル。俺っちも喋りつかれちまったのさ。終わりにしようぜ。」

 全くだ。

 僕も、もう考え疲れた。

 終わりにしよう。

 けれど。

「イエスだっ。」

 それは。

 僕でも。

 ましてや。

 男でもない。

 銃口を掴み、イエスと叫ぶ。

 不良だった。

「イエスだぜっ、シージャックっ、イエスだっ。」

 質問には確かに正直に答えた。リボルバーが回り、弾は発射されない。そのため死なずに済んだ。

 万歳万歳。

 な、訳もない。

「ヘイ、レディ。覚悟はいいな。」

「ちょっ、ちょい待ち。ちょっと待ってくれよ、シージャック。悪かった、悪かったよ。」

 不良はスーツの後ろに手を入れて背中側から何かを取り出して見せた。

 埃っぽい臭い。

 独特の鼻の奥をつねられるような感覚。

 それらが一気にやって来る。

 それは。

 一冊の本だった。

「あんたみたいな、無法者でもガキの頃があったんだろう。だったらハーゼイ七世くらいは知ってるんじゃねぇのか。おい。」

「知らないやつがいるかい。おふくろによく寝る前に読んでももらったもんさ、ほらふき男爵やら、小さな瓶と大きな壺、太陽さんと雨雲さん、とかな。ハーゼイ童話ならうちにもある。」

「こいつはな、そのハーゼイ童話の初版本だぜ。」

 不良が男に向かって投げつける。

 男は銃を持ったまま、何とか受け取って表紙を見つめていた。埃が舞い、咳き込んではいるが、真剣に見つめている。

「大事なやつだから、丁寧に扱えよ。」

 じゃあ、投げるなよ。と思ったが。

 その時、少しだけ本の一番後ろのページを見ることができた。

 間違いなかった。

 本に余計な記述がなく、日付だけが一行。

 確実に初版本。

 これで、億は越えた。

「ハイシャルトに送り届けるものは兵器だけじゃねぇ。両陣営勝った後のことも考えてるせいか、国外に対して自分たちが文化的にもしっかりと配慮をしていることを証明してぇんだよ。まぁ、紛争に勝って国を治めても、他国とうまくやれなきゃ侵略も受けるし、滅ぼされる。それに、この本、すげぇ高いからな。負けそうになったら売って軍事費の足しにもできるわけだ。」

「それが、さっきの質問と何の関係があるんだい、レディ。」

「あたしらは、シージャックがいると分かった時点で、お前に見つかる前に船の中を物色して、こういうお宝を先に盗んでたんだよ。」

 上手い。

「何せ、お前らシージャック犯はこの船にどんなお宝が乗ってるか分かってるわけじゃねぇからな。あたしらが盗んで、後から捜査が行われた時になくなったもんは全部、お前らが盗んだことにしちまえばいい。そうだろ。」

 この赤色旅行の欠点。

 それは。

 質問に対して正直に答えさせることはできるが。

 何故、そう答えたのかという理由についてまでは正直に答えさせることができない、ということ。

 イエスと正直に答えなければいけないが。

 イエスと答えた背景については嘘をついてもいい。

 これが、最大にして最悪の弱点。

 本当の赤色旅行の能力者であれば、おそらくこの部分もしっかりと補ってくるはず。

 やはり。

 この男は三流だ。

 けれど。

 不良はこの本をどこで。

 いや。

 待てよ。

 そうか。

 あの時か。

 ワープする前の八つ子の私物である本が並べられていた図書室。

 あの時点で、不良は高価な本に目星をつけて既に盗んでいたのだ。

 八つ子も死んだわけで、金になりそうなものを全て売り払おうとした。

 本は、その時のものだ。

 さすが、不良。盗人万歳。

「ちっくしょう。隠しておくつもりだったのによぉ。」

「全くですね。」

「オーケー。ジェントル、レディ。もういい。分かった。お前らの要求はのむ。だが、あんまり勝手に動くなよ、信用した訳じゃあないからな。ヘイ、分かってるな。」

「へいへい、シージャック様。」

「シージャックは名前ではありませんよ。」

「分かってるっつーの。」

 そうして。

 男は、僕と不良の痴話喧嘩のようなやりとりを聞いて鼻で笑うと、呆れながら後ろを向いた。

 何が、やれやれこいつらときたら、だ。

 甘いんだよ。

 バーカ。

「ところで、ジェントル。あんた、名前は。」

「グレン。グレンヴェスプッチ。」

「はは。中々変わった名前だな。」

「これから死ぬ奴に本名なんか教えるかよ。」

 男の後頭部から眉間にかけて、日本刀が突き刺さる。

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