第十九話 赤色旅行戦 その6

 僕は頭の中で散乱する国々の情報を必死でまとめていた。

 今回はヤゼンジとハイシャルトだった。

 仮に、この船がシントリアに向かっていたら、エネルギー不足の話題を持ち出したし。

 例えば、アンソワ行きの船であったら奴隷問題について触れるつもりだった。

 カンジョウなら水不足を解消する技術についてだったし、スワエなら輸出入が禁止されている動物たちの名前を出せる。

 それぞれの国々の情勢について理解があればこれくらいのことは喋れる。

 舐めるなよ、シージャック。

 さて。

 では、もう一発。

「ハイシャルトは、できるかぎりまた貿易拠点として儲けたいようですが、残念なことに両陣営とも譲る気はないし、もちろん、和平条約を結ぶ気配もない。そうなると、どうしても、お互い武器を買わざるをえない。例えそれが、自分たちが貿易拠点として機能しないことで、一人勝ちをしている国、ヤゼンジからであったとしても。」

「おや、船の上で社会のお勉強かい。」

「ついでに、今度は法律のお勉強をしましょう。シージャックによって船に損害が出たとして、その場合は上層会社が補填にあたることはありません。あくまで、実際に警備をしていた会社が補填をすることになる。」

「でも、ジェントルもレディもここに来てる。」

「はい、困るんですよ。」

「何がだ。」

「貴方たちシージャック犯に、この船に乗っている兵器を雑に売られてしまうとね。」

 不良が何か叫んだ。

 もちろん、無視をする。

 男の目つきが完全に変わる。

「俺っちは一介の警備員だし、シージャック犯じゃあないぜ。ジェントル、さすがに冗談がきついぜ。」

 男が沈黙する。僕も沈黙する。

 時間にして二分くらいであった。

「取引をしましょう。」

「あぁ。そうしよう。」

「貴方たちがこの船の中にあるものを物色し、それを売りさばく、いわゆる海上強盗行為ですが。今回はそれを見逃します。」

「それはそれは。」

「ただし、武器に関しては表の市場に絶対に出回らない形で売っていただきたい。」

「もちろんさ。」

「信用ならない。」

「だったら、どうするんだい。」

「販売ルートもこちらで手配します。そちらで売っていただきたい。」

 味方であること。

 そして。

 それが信用というおよそ甘ったるいものではなく。

 お互いの弱みを握った契約であること。

 これ以上に価値のあるものがあるか。

 あると言うなら、その人間はおよそ脳が腐っている。

「警備会社さんの言い分は分かるぜ、おおっぴらに知られたくない訳だ。そいつは分かった。でも、俺っちがその願いを聞くメリットはどこにある。」

「メリットはありません。」

「交渉したことないのかい。」

「わが社は警備及び、船舶による運搬事業をしております。」

「それで。」

「国家間の武器、奴隷、麻薬、臓器等の密輸全般に関しては弊社以上のクオリティを維持できる企業は、他にいないかと。」

「ヘイ、ジェントル。回りくどいぜ。」

「お前如きのチンピラ風情が、セキュリティハジエンハネルデヴェに死ぬまで睨まれながら、今後も楽しくシージャックができると。」

 不良の呼吸が穏やかになる。

 男はいつの間にか額に汗をかいている。

 僕は真剣な表情のまま。

 完璧だった。

 すべてが整った。

「じゃあ、一つだけいいかい、ジェントル。」

「えぇ、何でしょう。」

「質問だよ。」

 銃が鋭く光る。

「お前は、今、俺っちのことを騙そうとしている。イエスかノーか。」

 ちょっと待て。

 そういう質問とか、ありかよ。

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