第十八話 赤色旅行戦 その5
呼び出し音が聞こえる。
女神を呼び出している。
僕は、考えていた。
今までの人生の中で最も高速で、最も深く、最も狂うくらいに考えていた。
同じ警備員であることを証明する意味は、自分の立ち位置を盤石にするためである。
いや。
本当にそうか。
そうなのか。
むしろ、警備員であることを証明してしまうと、僕の立場は明らかに目の前のシージャック犯とは敵同士である、ということになる。
この場合。
殺されるのではないか。
優位な立場でいる必要はあるが、僕の優位性が証明された瞬間に僕の身が最も危険な状況に置かれるということになる。確かに、この警備員のふりをしたシージャック犯が、僕を殺さず、同じく警備員のふりをしてことをなそうとしてくれればそれでいい。
それでいいが。
本当に、そうなるか。
この船上で存在するだけで危険因子となりうる、僕らを生かしておくメリットはどこにあるのか。
つまり。
この作戦は。
僕がたてたこの作戦は、最初から間違えている。
正解は。
「ヘイ、ジェントル。」
「なんでしょう。」
「その機械からさっきまで一定の音が聞こえていたんだが。」
「えぇ、呼び出し音ですね。」
「今、聞こえていないぜ。」
切ったからな。
僕は携帯電話の電源を切るとポケットにしまう。
方向転換。
この男を。
丸ごと抱える。
「この豪華客船はどこからどこに行くかはご存知ですか。」
シージャック犯なら分かっていて当然だろう。
「ヤゼンジからハイシャルトまでだけれど。それが何かな。」
ヤゼンジとハイシャルト。
思い出せ、思い出せ。
この二つの国でそれらしいことは起きていないか。
それらしい社会的な問題は起きていないか。
それっぽく持っていける、なんとかこの船と結び付けられる、何か。
駄目だ。
思い出せない。
思い出せないから。
「ハイシャルトの社会情勢について、ある程度貴方にも理解があると思ってもよろしいですか。」
逆質問。
来い。
来い。
「内紛が起きていて、余り観光であっても行くべき場所ではないね。俺っちもこれが仕事じゃなかったら行く気はしないよ。」
よし、はまった。
そうかいそうかい。
そりゃ、どうも。
そうだ、内紛だ。
だとするならば。
こっちに逃げられる。
「要人もそう思っている、という事ですよ。」
「何が言いたい。」
「この豪華客船がそもそも要人だけを運んでいるとでも。」
男はもう一度拳銃を握り直す。
渡り切ってみせる。
ここが、最後の吊り橋だ。
「ハイシャルトの中の紛争はまだ続いています。ですが、不思議なことにあの国はかなり貧しい。どちらの陣営にも武器を買うお金も、武器を作り出す工場もありませんよ。」
「ジェントル。それが何かな。」
「ハイシャルト自体を貿易拠点とする国は幾つかあります。ハネン、シャウント、マルイナ、センケーテ。これらの国々はハイシャルトの内紛のせいで、貿易が上手く回らず、完全に損害を出してしまっているそうです。そして、もう一つ。昔からハイシャルトを使わずに貿易を行い、今も利益を出し続けている国があります。」
「どこだろうか。」
「この船の出港した港があった国、ヤゼンジですよ。」
「俺っちにも分かるように説明してくれないかな。ちょっと難しくてね。」
「ご冗談でしょう。もう、お分かりのはずです。」
「何が言いたいんだ、ジェントル。」
「この豪華客船の本当の姿は武器の密輸船だということですよ。」
このはったりに。
気づくなよ。
絶対に。
頼む。
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