第十六話 赤色旅行戦 その3

「ジェントル。一体何かな。俺っちの顔に何かおかしなものでも。」

 この男の能力は。

 この男の本当の能力は。

 間違いない。

 相手の能力を盗む能力だ。

 おそらく、だが。

 この男はシージャック犯でこの船の本当の警備員を殺した。その際に、警備員の能力であった赤色旅行を盗んだのだ。

 能力を使いこなせていないのはそのためだろう。

 こういう相手の能力を盗む系に共通する重要項は、盗んだ時点で相手の能力がどんなものであるかを自動的に理解することができるものか、それとも、それ以外の手段で知る必要があるか、というところだが。

 今回に限ってはどうでもいい。

 むしろ、重要な点はそれ以外であり、しかもたった一つ。

 この能力を使いこなせていないということは、あくまで能力を奪い取るだけであり、警備員の記憶まで盗めるわけではない。つまり、この男はその点については成りすましについても不安があるということ。

 問題なく。

 いける。

「申し訳ありません。」

「何がかな。」

「僕たちは、ハネルデヴェです。」

 僕は微笑む。

 警備員に成りすましている男の表情が固まる。

 僅かに間を置き、不思議がる表情をして、男を焦らせる。

 そして、男がハネルデヴェについて質問をしようとする瞬間に。

「この豪華客船の上層警備をさせていただいております。セキュリティハジエンハネルデヴェです。警備、お疲れ様です。客船法と海面条項では大きく齟齬する部分もあると聞きますから、非常に大変な業務でしょう。要人警護ですと余り強い能力を持っていると逆に煙たがられますし、低下防護措置基本機構条例なども活用されて、今はスクアッド状態ということでしょうか。」

 なんだ、ハネルデヴェって、どこの会社だよ。

 上層警備。

 そんな警備員同士の専門用語など聞いたこともない。

 客船法、海面条項、低下防護措置基本機構条例。

 むしろ、そんな決まりがあるなら聞きたいくらい。

 さて。

 僕はより穏やかに微笑んで見せる。

 銃口が。

 ほんのわずかばかり下がる。

 そうそう。

 そういうところだよ。

 そういうところが甘いんだよ。

 このゴミが。

「この船の警備はシセンカンパニーが行っておりますから、その親会社である、僕らハネルデヴェが。いや、その。」

 僕は顔を曇らせる。

 男の顔も曇る。

「なんだい、ジェントル。」

「もしかして、貴方、この船の警備の案件だけのために雇われた臨時の方、でしょうか。」

 聞いたこともない、専門用語に会社名。

 当たり前のように進行していく会話。

 不安がれ。

 このクソが。

 そして。

 そこに、臨時の方、という。

 会話が通じていない時間があったとしても、それに言い訳が通るそれらしい助け舟を出す。

 乗れ。

 乗れ。

 早く乗れ。

 さっさと尻尾を出せ。

「その通りさ。臨時の職員ではあるぜ。」

 よし、乗った。

「でも、今、俺っちを雇ってくれている会社名は忘れちまったな。」

 こいつ。

 乗れよ、このクソが。

 この男。

 まだ、僕を怪しんでいる。

 同じ警備員側の人間であるということを言って、浮足立たせてから一気に畳みかけたのに、全くパニックに陥っていない。

 このピンチを切り抜けても、どこかでこの男は殺した方がいいだろう。そう、決める。

「じゃあ、その親会社のハネルデヴェの職員さんが何の用かな。」

「実は、この船から救難信号を頂きまして駆けつけた次第なんです。」

「救難信号。」

「はい、それが七回発信、の八秒以内でしたから緊急対応かつ、警備法上の問題もあり駆けつけたわけです。」

「へえ。」

「ご存知ないですか。」

「何がかな。」

「その信号はシージャックされた時の発信回数なんです。」

 銃口が揺れた。

 間違いない。

 この男。シージャック犯だ。

 ここで、確定。

「ですから、貴方のこともシージャック犯かと思い、ごまかすような発言をしてしまいました。申し訳ありません。」

「撃つところだったぜ。」

 そう言葉を吐き出すのに、銃口は向けたままだ。

「分かったのであれば、どけて頂けますか。」

「ジェントル。」

「何でしょうか。」

「今、ここでその親会社の本部に連絡してみろ。」

 おい。

 お前結構やるじゃねぇか。

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