第二章 波間の無価値

第十話 1Fフロアボス戦 その1

 洋館の中は非常に整理されていた。

 が。

 薄暗く、気分の落ち込む内装だった。

 骸骨が飾られているであるとか、泣き叫んでいる女性の絵が飾られているであるとか、そういうことではない。ただ、ソファーも、本棚も、テーブルも、ラックも、そのすべてが澄みきった黒色で、またため息が出るほどの艶を放っていた。

 恐怖ではない。

 畏怖にちかい。

 尊敬ではない。

 畏敬にちかい。

 そういうものがただ並んでいる。

 BGMが流れていないので、当たり前だがとても静かで。

 それがまたこの洋館内の薄暗さから来ているかのような訳の分からない思考方向を結ばせようとしてくる。

 視覚と聴覚は本来別物だが、一定の条件のもと並べられるとそこに意味を感じてしまう。

 女神から支給されたスーツであるから、直ぐに乾いたが、肌は濡れたままだ。

 エントランスに八つ子が置いたと思われる籠があり、その中にバスタオルが折りたたまれて置かれていた。丁寧だった。

 小さなメモがある。

 書かれていた言葉は、ほんの少しだけ。

 死ね。

 それだけだった。

 申し訳ないことをした、と思うように努めたが難しかったので今度にしようと心に決める。

 タオルを手に取り。

 体を拭き。

 各々日本刀の手入れを少しだけ。

 スーツについている埃や汚れ。

 ワイシャツがズボンに入っているかの確認。

 それらが終わり。

 エレベーターの前に立った。

 八段旅行によって生まれるこの洋館は、九つのフロアに分かれている。一番下は、今僕らがいるエントランス。その上に本題の八つのフロアが用意されている。ある条件を達成すれば上のフロアへと行くことができる。そして、もちろん、最後の八つ目のフロアでは、例の村人との戦闘が待っている。

 そう、思われる。

「行くっすか。」

「行こうぜ。」

 僕はエレベーターのボタンを押し、乗り込んだ。

 中にフロアを指定するボタンはない。

 後は、昇るのみである。

「事前旅行。」

「次のフロアマスターの能力っすか。」

「フロアマスターを倒して、それからフロアのクリア条件を聞いて、次のフロアだもんなぁ、ちょっと面倒くせぇよな。これ。」

「遠回りに思えますが、必要最低限のリスクで願いを達成するまでの道のりを見積もる能力ですから。」

「わかってるっつーの。あたしは八つ子は信じてねぇけどよ、魔王の言う事は結構信じてるんだぜ。」

「ありがとうございます。」

「まぁ、見てろってあたしがフロアマスターをぱぱっと殺してやるからよ。朝飯前だぜこんなもん。」

 その瞬間。

 僕めがけて突風が吹き。

 僕の目の前に何百枚という紙が重なった光景が広がった。

 枚数は。

 三百だろうか。

 紙の大きさは畳よりも少し大きいくらい。

 それを両側からより大きい緑色の厚紙が挟んでいる。

 異世界に来てから畳なんてみていないので、比較対象として持ち出すのが久しぶりすぎるが。

 それは。

 ともかく。

 巨大な本が目の前にあった。

 それが。

 ゆっくりと開く。

 あるページだ。

 中は血で真っ赤に染まり。

 骨が肉に突き刺さり、砕けた状態のものや、粉になって血に混ざっているもの、引き裂かれた臓器が床に垂れていた。

 そして。

 不良の日本刀が床に落ちて鈍い音を立てた。

「やばいっすね。抜きますか。」

「様子を見ます。」

 不良は潰された。

 本に挟まれ。

 潰し殺された。

 本は動かない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る