第九話 事前旅行

 ステーキは正直、味はしなかった。

 緊張していたのだと思う。

 八段旅行はそれだけ素晴らしい能力であり、非常にリスキーでもある。

 実際。

 死んだ人間を見たこともあった。

 僕はこれ以上果たすべき目的から離れる訳にもいかない。この異世界に来てただいたずらに時間を過ごしたこともあった。そして、そのせいで取り返しのつかないことも起きた。

 もう。

 いまとなってはどうしようもない。

 僕と不良と後輩は、店から東に歩き続けると見えてくる、森の中の湖に来ていた。

 澄んだ色合いだった。

 余計に不安になる。

 湖の上にはエイのようなものが浮いていた。そこまで巨大ではないが、八人が乗れるほどである、普通のエイよりは大きい。

 八つ子たちがこちらに向かって手を振っているのが見える。片手には携帯電話が握られており、もちろん、僕の手にも握られている。

 女神からの支給品である、ガラパゴスケータイと呼ばれる代物。

 つまり。

 八つ子も、また、転生者であり、しかも魔王側のギミックとしてただ使われるだけの設定として女神に呼び出されたのだ。こういうところに女神の思考の片鱗を見ることができる。

 人間などどうだっていいのだろう。

 女神からすれば。

 たまたま、機能しそうな存在として選ばれて今に至る。

 これくらいしかない。

「あの、降りてこないっすね。」

「降りてはこないと思います。」

「つーかさ、なんであんなエイみたいなのに乗ってんだ。」

「おそらく、女神からの支給品かと。」

「お前から連絡が来たらこれに乗って直ぐに駆けつける様にって、女神に言われてるのかよ。マジであいつら可哀そうだな。」

 不良は鼻で笑いながらそう言った。

 僕もそう思う。

 だから。

 八つ子は、僕らのことなどなんとも思っていない。

 むしろ、魔王なんていう役目を仰せつかったバカがいたせいで、無理矢理巻き込まれたと思っている。

 ここには被害者しかいない訳だが。

 八つ子は、自分たちだけが被害者だと思っている。

 正直、そう思って貰っても構わないが。

「願いについてはもう言ってあるんすか。」

 その瞬間だった。

 八つ子を踏みつぶしながら、洋館が落下してきた。

 湖に着水すると同時に粉のような水滴が一気に広がり、森中を駆け巡る。

 僕は眼球に体当たりをする水滴に顔を伏せ、飛んできた枝が首を僅かに切って、温かい感覚が溢れてくるのを感じた。軽傷ではあるが、不快だった。

 隣の不良も、後輩もリアクションは僕と同じだった。

「なんすか。急に。」

「自殺。」

「は。」

 明らかに自殺だった。

 八つ子は、もう疲れていたのだ。

 ずっと魔王である僕に呼ばれるのを待つだけの、アイテムとしての価値しかない人生。そして、ずっとこの異世界で禁止能力を隠し続けることに。

 だから、こうして能力を開放した状態で死んだのだ。

 もう。

 この洋館。つまりは八段旅行が発動しているということなのだが。

 僕たちが自由に出入りできる状態にして死んだのだ。

 もう、私たちは関係ないからお前らが勝手にすればいい。

 そう、言っているように思えた。

 携帯の画面を見ると八つ子からメールが来ていた。

 最初の門番は事前旅行。

 それだけだった。

 何か教えてくれるだけ優しいとは思う。

「で、どうすんだよ魔王。湖の中だぜ、あの洋館。中に入れねぇよ。」

「泳ぐっすか。」

「そうですね、湖面歩きのスキルもありませんし。」

 洋館の中にバスルームがあることを祈りつつ、湖へと進んでいく。

 

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