第四話 白鯨百景
電話の相手は女神である。
僕をこの世界に転生させた、気まぐれな女神である。
綺麗で可愛く、それでいて高飛車な女神。
使う能力は白鯨百景。
白く巨大なクジラを呼び寄せて相手を殺す。
一度だけ転生の間で見せてもらったことがある。
あれは、別格であった。
さすが、女神。
「何故、殺さずに生かしているのかしら。教えて欲しいのだけれど。」
「あの二人は、非常に強い能力者です。」
「でも、この世界には魔王が一人しかいないの。」
「存じています。」
「つまり、あの二人は魔王ではなくて。」
「はい。」
「ただの村娘と商人の息子よ。」
「私を殺せば、勇者にジョブアップすることはできますね。」
そんな危険因子を近くに置いておく意味があるか。
発言の意味は分かる。実際、そのような判断を下しているから、襲い掛かって来る村人や商人たちを殺して退けている訳である。意味は通るし、そうであるべきだとも思う。
そうは、思う。
確かに。
「私の能力をご存知ないと。」
「黄金。」
「はい黄金抜刀。」
「それが。」
「私が負けますかね。あの程度に。」
女神は黙った。
これもまた事実ではある。
黄金抜刀もまた能力としては異質である。
別に他の能力をかき消すであるとか、そのような技というわけでもない。言ってしまえば、僕の使い方次第ではあるのだが、だとしても女神は僕の能力と僕のことを分かっている。
転生前、そして、転生後の時間の使い方。
その部分を鑑みた女神からの信用。
「もう一人のあの、品のない女の能力は。」
「蝙蝠抜刀ですね。」
「あれも、中々に。その。」
「下品、ですか。」
女神が高らかに笑う。本当に聞きほれるほどの美しい笑い声である。自分が女神であるということの権利周りからの評価、そのすべてを余すことなく使って時間を過ごしていることが伝わってくる。
自分のことが好きなのだろう。
「今、ナルシストだと思いましたわね。」
勘も鋭い。
「まさか。」
「貴方を転生させたこちら側の身にもなって欲しいものですわね。」
「存じております。」
「便宜上、勇者と呼ぶことにするけれど。早く。」
「勇者は殺します。必ず。」
「貴方も死にたくはないですものねぇ。」
またも高笑い。
そして。
電話は切れた。
死ね、クソ女神。
「どうしたんすか。」
「どうすんだよ、魔王。もういねぇみてぇだけどよ、この汽車。」
「いや、いるっすよ。」
「え。全員殺しただろ。」
「いや、機関士が。」
「はぁ、次屁理屈こねたら殺すぞ、このボケ。」
機関士は居残抜刀で斬撃を周りに置いて脅迫させながら運転を強制している。
あれは、問題ない。
「ルシアナチャルト。」
「次の駅の名前ですか。」
「町の名前っす。」
「勇者はいねぇけど、元パーティのやつがいるんだよな。」
「指と耳っすね。」
「瞼いけよ、瞼。」
なんにせよ、喋ってもらわなければ話にならない。
女神も言っていたが、便宜上、僕らは殺そうとしている相手を勇者と呼んでいるに過ぎない。
僕らの本当の相手は勇者ではなく、とある村人である。
おそらく。
この異世界史上。
最も反則的な方法を使った。
この異世界の。
バグ。
そのものである。
あってはならないことを、あってはならない手段で、あってはならない身分が実行に移した。
それが、この物語の始まりであり、おそらくはことの顛末なのである。
「おい魔王。てめぇ、注射器刺したのかよ。」
「そうっすよ。やったんすよね。」
僕は空の注射器を取り出して床に置き、足で踏みつぶす。
「失明防止だけじゃねぇんだろ、それ、本当は。」
まぁ、そういうのは知らなくてもいいということにしてもらいたい。
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