第二話 蝙蝠抜刀
黒スーツに日本刀という出で立ちで異世界転生なんて聞いていなかった。
少なくとも、僕は知らなかった。
もちろん、異世界転生というもの自体よく知らなかったわけだけれど。
「魔王側って結局損っすよね。」
「間違いないですね。」
僕は死体をどかしながら、二人が座れる場所を確保した。
「どうぞ。ここに座っては如何ですか。」
「あ、ありがとうございます。じゃあ、座るっす。」
不良もどきは、座らなかった。
後輩は座ったというのに。
「あたしはいいから、座ってると、急に来られた時に対応できないし。」
不良もどきは、日本刀に右手をかけながら、左手で自分のスーツの裾を直している。
せっかく。
血が付いている椅子を案内したというのに。
先ほど、この不良もどきがこの車両で暴れて、血が僕の服にもついたのだ。転生した際に女神から支給されたものであるから、別に汚れやら傷やらができても直ぐに再生するのだが。
そんなスーツを揃いも揃って着ていたとして、別に汚した時に不快感も生まれない。
ということにはならない。
「全部で。」
「百ちょっと、上回るくらいじゃないっすか。分かんないっすけど。」
「別に何人殺すかじゃなくて、皆殺しだろ。困るよな。こういう所で襲われると。」
「勇者になりたい人間が多すぎるんすよ。」
「こいつ、殺せばなれるんだもんな、勇者に。」
不良もどきが笑った瞬間。
不良もどきの鳩尾に、後輩の拳が付き刺さった。
本当に、突き刺さっていた。
完全に腕が貫通している。
「なんだよ、てめぇ、後輩面してるくせによぉ。」
不良もどきがそのまま日本刀に手をかけて引き抜き、後輩の首に当てる。
そして、しっかりと、後輩の血で湿らせる。
「抜くっすよ。」
「抜けよ、クズ。」
「どちらでもいいので、血が出ないように殺してください。」
ボックス席の中ではあるけれど、少しばかり距離をとって、また窓を開ける。こちら側には、川が流れているようだ。非常に景色がいい。
山の景色よりも川の景色の方が幾分か表情の変化を楽しめるので、僕は好きだ。
「魔王として、言いますが。」
二人の荒い呼吸音が収まっていく。
「死にますよ、僕ら。」
分かってはいるのだろう。
分かっていてなおのこと、このままなのだ。
無理がある。
寄合所帯で無理矢理仲良しこよし。
魔王を殺せば勇者になれる。
僕を殺せば勇者になれる。
そして。
勇者には誰しもがなれる。
村人に転生していようが、商人に転生していようが、踊り子に転生していようが、酒場の主人に転生していようが、なんであろうが。
魔王に転生してきた人間を殺しさえすれば。
レア役職。
勇者になれる。
勇者になれば、何もかもができる。
本当の意味でのチートという存在になる。噂では主人公補正というものがかかって、運まで上がるそうだ。
なんだ、運って。
「抜けよ、この腕。」
不良もどきが、日本刀の柄で骨を削る勢いで、後輩もどきの顎を突く。
血が垂れる。
「しょうがないっすね。」
その瞬間。
不良もどきが、後輩もどきの顔に向かって唾を吐いた。
痰も混じっていて粘ついていた。
目と目の間から、鼻、そして頬を伝って顎から椅子へと落ちた。
あの場所には触らないようにしよう。
汚い。
「なんすか。」
「なんすかじゃねぇだろ、てめぇ、この野郎。」
「は。」
「は、じゃねぇよ。てめぇ、何様だよ。」
「てめぇの心臓ぶち抜いてるこの腕、抜いてやんだからありがたく思えよ、このクソ女。ぶち殺すぞ、この野郎。」
「やってみろよ、てめぇ。おいやってみろよ、てめぇこの野郎。」
前の車両から足音が近づいてくるのが聞こえる。三人、ではない。おそらく、六人ほどだろうか。重い足取りから武器を持っていることと、ある程度の装備をしていると予想する。
立ち上がって通路に顔を出し、扉の方を見てみる。
「クソ女。死ぬか、おい。」
「上等じゃねぇか、殺してみろこの野郎。」
こいつら一生やってりゃいい。
扉の窓には光と影の関係で誰かが近づいていることが分かる。予想もそれなりに当たっているだろう。
間違いがないのは。
この二人がうるさい余り呼び寄せた敵であるということ。
「魔王として言います。今からこの車両に乗り込んでくる者を多く殺した方が正しいということにしましょう」
二人が僕の方を見る。
血走っていた。
「攻撃する意志のない。敵じゃなかったらどうするんすか。」
「じゃあ、練習がてら殺したらどうですか。」
「なんで、お前が偉そうに正しいとか正しくねぇとか基準作ってんだよ。」
「僕が偉そうに見えるのは、貴方が勝手に僕を見上げているからです。」
僕はあくびを一つする。
抜刀系能力者がこんなに集まっていて、いつまで経っても成長の一つもしない。
だから、村人にも勇者にも目を付けられるのだ。
黄金抜刀。
蝙蝠抜刀。
居残抜刀。
黒いスーツ。
黒いネクタイ。
白いワイシャツ。
腰には日本刀。
今のところ僕ら三人を繋ぐものはこれしかない。
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