国語表現においての訂正修正から生じる青春恋愛
Hourt
第1話 序論
「恵まれた完壁な王侯貴族がその国には居ました。子供のときから欲しいものを何でも手に入れれました。何でもです。それにも関わらず彼はすべてを面白くない、そう思うようになりました。なんだか、すべてを見透かしたような感じで――」
なんだこれ。
俺はその本の表紙をもう一度見た。
「君と僕」、殺風景な茶色の無地の表紙に、金色でそう書かれていた。
――――――――――――
無機質に鳴るアラームを穏やかに止める。
時刻は6時16分。朝にはめっぽう弱いもので、まだ半分夢の中にいる気分だ。
ただ、ここで二度寝するといつもの電車どころか、学校にすら間に合わないので体を起こそうとする。しようとした。無理だった。
布団には形容しがたい吸引力がある。
どうしてこうも布団という者は人間を堕としにかかろうとするのだ。布団を作った者は悪魔かもしくはそれに準ずる何かだ。どちらにせよ、今頃は地獄だ。これだけ大量の人間を堕落させたのだから。
そもそも布団は幾千、幾万もの開発者の知恵の結晶なのだから、こんなちっぽけな一般人が布団の強烈な魅惑に抗おうだなんておこがましいにも程がある。
だから俺はこの布団の中から出る必要なんてなくて、学校であっても休む権利を持って…
「はじめー、ごはんできてるわよー」
起きるしかなくなった。
仕方なく俺は重力のかかる体を強引に引っ張り上げ、眼鏡を取り、ドアを開け、階段を下る。下りきった階段の先にある母が最近始めたヨガセットに足をぶつけた。
机の上には朝ごはんがあった。
焼き鮭とみそ汁と米。今日は和のテイストの朝ごはんだ。
しかし、鮭がすこし焦げているような。その分、味にも影響が出ている。
まぁ俺は美食家でもなんでもないから、味は不味くなければ何でもいい。
ところで、なぜ食事のことをごはんと呼ぶのだろうか。ごはんはあくまで料理の一部であって、食事を指すことなんてありえないはずだ。イギリスやアメリカで「bread」が食事自体を指さないように。だが、俺たちは朝食、昼食、夕食の全てを「ごはん」と呼ぶ。それはなぜだ。
以前どこかで、日本人は古くからどんなときであっても米を食べてきたからだという話を聞いたことがある。先ほど例に出したパンであっても、組み合わせによってはパンが省かれることがあるだろう。しかし、日本の長い歴史においてそんなことはなかった。ごはんを伴わない食事が生まれたのは最近なのだ。だから私たちは…あれ。
「もう食べ終わってる…」
とりあえず、俺はごちそうさまと言った。
家を発った。朝日がまぶしく、冷たい風が吹く。季節は初秋。
家のリビングにあった時計は6時45分を指していたことを思い出す。
ここからいつも使う駅まではそれほど距離がない。徒歩でも数分だ。
今朝のことを思い出す。俺にはついつい思考に没頭してしまい、周りが見えなくなることが頻繁にある。
「注意しないといけないな」
落ち葉を踏みしめ、そう独り言をつぶやいた。
頭を極力使うことなく、飛ぶ鳥のさえずりや木々のざわめきを聞きつつ駅へと着いた。
毎朝7時ちょうどの普通電車に乗り、7時42分に降りる。
そこから徒歩8分ほどで高校に着く。いつもの日常だ。
俺が電車に乗るときは幸いにも電車が空いているときだから、毎日席に座ることができる。
電車に揺られ、思考を張り巡らせる。
その思考は自分を何か別の世界に連れていってくれるような、そんな気さえしてくる。
今日もいつもと変わらないループが今日も続くのだろう。そう思う。
何か変化なんて現実の中には必要ないのだ。
新しさや斬新さや可笑しさや面白さなんて小説で十分だ。小説はいつだって自分に知らない、色彩鮮やかな世界を見せる。そんな世界を素敵だと羨望の眼差しで観る。
だがしかし、それはあくまで小説であり虚像であり空想であるからである。現実世界が虹色に輝いていたならば、俺は間違いなく疲労困憊。1日と言わず1時間で首を吊る自信はある。
現実は現実。物語は物語。そうやって割り切るしかないのだ。
漸近線のように決して交わることは許されない二つだから。
雑踏の中に交わる。鞄から定期を出す。センサーにかざす。改札を通る。
階段を上る。人混みで窮屈なホーム。電車を待つ。
穏やかな日常。輝かない日常。普通の日常。そんな心地いい日常に、
時刻は7時42分。同じ制服と鞄の乗客が下りるのに伴って電車を降りる。
この駅は、学校が近くにあるだけで他には何もない寂れた駅だ。
こんなに朝早くの時間にこの駅で降りる人は同じ学校の生徒しかいない。
だから、一人で歩いている人間も俺しかいない。周りからは笑い声や眠たげな声、驚くような声や怒るような声。千差万別の会話、声が聞こえる。その中に俺一人。
学校が近づけは近づくほど、人は増える。人混みと言える程度にまでは増えた。
一人が際立つ。だからといって、周りが自分を嘲笑しているとも思わない。そこまで自意識過剰じゃない。
人生を穏やかに生きるにおいては、表面上でも友達は必要だろう。それは重々理解している。ならばなぜ、友達を作らないのか。答えは自明だ。作れないからだ。
どうも人づきあいが苦手だ。本というのは本来筆者が語り掛けてくることをこちらが聞くのでなく、筆者の独り言をこちらが歩み寄り、想像し、展開するのだ。だから、積極的で能動的でないと読書は不可能だ。
積極性と寄り添う心が必要なことを得意とする読書家。人づきあいもアクティブで相手を慮れる人間が得意なことだから、読書家は人づきあいが得意なはずだ。だが、現実はこうだ。
こればかりは死ぬまで理由がわからないように思う。
そんなことを考えながら、学校の校門をくぐる。一見すると綺麗な校舎だが、やはり老朽化の波には勝てず、随所にぼろが出ている。
下駄箱で靴を履きかえ、教室へ向かう。3階の2年3組の教室。
ドアをくぐると、教室は賑やかなノイズで埋まっていた。変に目立たないように静かに座る。
教室の様子を詳細に表現する必要はないだろう。教室の窓側、一番後ろに着く。時計は7時52分を指している。
ただ、ボーっとしていてもむなしいので、鞄から本を取り出し、開く。
本はいつだって裏切らない。本はどんなときでも俺の仲間だ。
本は夢を見せる。世界を見せる。未来を見せる。なんだって見せてくれる。
俺はそんな本が好きだ。
――――――――――――
気だるげな授業を終え、足早に教室を出て、帰路に就く。15時29分。
廊下を通り過ぎ、階段を降りようとしたころ、今日が水曜日であることを思い出す。
「そうだ、今日は仕事がある」
俺は図書委員を務めている。まぁ、これは立候補したというより、1年のときに押しつけられたままという表現が正しいだろう。
教室の隅で本を読んでいる物静かで何をしても抵抗しなさそうな平々凡々な人間。
そんな奴だから押しつけられるのだ。自責の念に少し駆られる。
まぁこれは生まれつきだから仕方ない。運命は変えられないのだ。
そう自分に言い聞かせて図書室へと向かった。
図書室は俺の大好きな場所だ。
静かだから誰にも妨げられることなく没頭できるだけでなく、大好きな本に囲まれるという夢のような状況はいつだって目がくらみそうになる。
特に弊校の図書室はなかなか設備が整っている。本も比類ない高い水準で揃えられている。
それを理由に進路を決めたほどだ。
そんな図書室で行う図書委員の仕事は、蔵書の整理・管理や貸出しの受付け。それ以上を強いてあげるなら月に一度会議をするくらいだ。
だが、いかんせん利用者が少ない。
だから、本がしっかりと貸出しのリストの通りになっているかさえ確認すればもう任務は終わりで、残り時間は実質自由時間となる。
この時間を悪用し宿題を終わらせる人もいるらしい。だが、俺は図書室で、または家で選んだ本を読む。俺は、そんな静かで穏やかなこの図書室での時間が大好きだ。
図書室前に着いた。
図書委員の仕事は曜日ごとに担当が2人ずつ決まっている。その組合せによっては談笑しながら楽しく活動するなんてことができるのだろう。しかしそれを引き当てる確率は無だ。俺には図書委員の友達がいない。
よって、一人寂しく蔵書確認作業をする必要がある。
なぜ一人なのか。その理由は簡単で、最初に同じペアの女子と管理する区画とその境界線を決めたからだ。向こうは俺が嫌いなのか、気配を消している。
もう今更なにも思えない。感情なんてない。
意を決し、扉を開ける。無機質なガララという音を伴って。
「おはようございます」
蚊の鳴くような声で形式上の挨拶をしてみる。
もちろん応答は無し。いつものことだ。
ちらりと目をやって、すぐにあちらを向いてしまった。
少し物寂しさを覚えつつ、仕事に取り掛かる。
彼女の名前は
黒髪のロングで、第一印象としては清純派という印象を受けるだろう。
顔は、まぁ、反抗期の男子としてはあまり認めたくはないが良いほうだ。
現にあの後ろ姿も結構綺麗で、しまったウエストと緩やかで艶やかな曲線を持つ臀部はなかなか思春期男子には毒というか、薬というか。
その上、我らが中高生男子の夢とロマンがいっぱいの胸部に関しては肥沃な山脈が約二つ連なっている。また、八方美人で、誰にだって優しい上に無邪気な女子である。
そんな性格・容姿を兼ね揃えた高嶺の花。それならきっと彼氏も選り取り見取りでは、とお思いかもしれないが実はなんと護衛隊付きだ。女子の。
普通の男子は近づくことはおろか、廊下ですれ違うことさえ許されないだろう。体育の授業中に彼女のことを凝視しようものなら、そいつの高校生活は虚無にも同然のものになる。だから彼氏はいないらしい。
ただこれはあくまで噂の範疇から出ない。結局のところ女子の護衛隊とはいえ部活中とか放課後とかに隙はあるのだから超絶イケメンの彼氏がいてそいつとあんなことやこんなこと―――
「―――すみません」
「えっ」
噂をすればなんとやら。その声の主は丸橋さんだった。
「仕事、止まってるよ?」
「あっ、あっ、すみません、今します」
「はぁ…」
先ほど性格は八方美人と紹介した。だがその直後の行間には「俺以外には」がある。
嫌われることは何もしていないはずなのに。明確な敵意はないが、かといって好意もみられない。他の図書委員とは積極的に話しかけて行ってたのに俺にだけ話しかけてくれなかった。だから自己紹介すらまだしていない。なぜ。そんなことを初めは思ったが、今となっては悲しきかな、慣れたものだ。
急いで貸出表と蔵書リストを取り、俺の担当区画へと向かった。
「次はコナン・ドイルか。えーっと…あった。ここだ」
蔵書リストと見比べ、一つ一つ確認していく。
蔵書リストは五十音順だが本棚は作者順なのがどうしても非効率だと思いつつ、指差し確認をしていく。
「恐怖の谷、緋色の研究、四つの署…ん?」
シャーロックホームズシリーズの文庫本が並ぶ中、ひときわ目立った異様な本があった。
ハードカバーのA5版。厚さで言えば50ページほど。横に並んだ文庫本より大きく、背表紙には茶色の無地で何も書かれていない。
なんだこれ。
「なんだこれ」
手に取ってみる。
「君と僕」その本の表紙には、そう書かれていた。
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