忘れられない物語

「入院患者の子供の方が、もっとしっかりとした文章を書くぞ……」

 紙面の文字列に対して眉間を寄せる辰哉の顔は、頭痛を堪えている時のものに似ていた。

「頭の出来が悪い事は知っていたが、お前は……」

「ヒドっ! ホントの事だけどヒドい!」

 辰哉が握る白い紙、そこに文字を綴ったのは千鳥だった。

「つーか何でオレが文句言われてるの? 手紙書くのに付き合えって言ってきたのはタツヤのクセにー!」

 理不尽だとまるで子供のように喚く。千鳥の指摘の通り、今回の事の発端は辰哉にあった。それは辰哉も否定しなかった。代わりに眉間の皺を深くする。

 全ては、先の手紙階層での戦闘後にまで遡る。

『私、貴方に手紙を書くわ』

 あの場所で意識のみの存在へと戻りながら、共に戦った騎士の一人である少女は辰哉にそう告げた。

『もしも届いたら、返事をちょうだいね。待ってる』

 別れ際に残した言葉。決して虚言を語る相手ではないと分かっていた。

 いつか彼女達からの手紙が辰哉の手に届き、その返事を送る時の為に。その練習台に付き合わせる相手の当てを千鳥以外に辰哉が持たなかったのが、この状況の原因だった。

『面白そうだし付き合ってやるよ』と得意げな顔をしていた幼馴染に何処までも冷めた目を向ける。

「漢字の書き間違い以前にこの平仮名の多さは何だ。仮にも成人した男の書く文章なのか、これは」

「赤ペン先生が厳しすぎるんですけどー……でもお前の手紙だって堅苦しくて何書いてるか分かんなくてメッチャ読み辛かったからな!」

 前半の泣き言は別として、堅苦しいという点に関しては自覚があるだけに何も言い返せない。もとい、そういった文章しか書けない事が分かっているから、こうして練習しようと思ったのだが。

「マジメなのはお前の性格だけどさ、もっとコミュニケーション取ってもよかったと思うぞ? 特に初めましてならもっとフレンドリーに行かないと。もふったり撫でてあげたりさー」

「お前でもあるまいに。初対面の相手にそんな礼儀の無い事が出来るか」

「えぇー。結構ノってくれたと思うのに」

 口を尖らせつつも「でも」と続ける千鳥の目には和やかな色が帯びる。

「ホント、イイ人達だったもんなぁ。ラック君とアイレーンちゃん、元気にしてるといいな。手紙も、届くといいよな」

 得難い人物達であったという点においては辰哉も同感だった。幸運の四葉を添えた強かで可憐な少女も。挫けずに手を取った陽の色を宿す青年も。共に方向性は異なるが、強く、そして優しい者達だった。

「ああ、そうだな」

 生きる世界が異なる自分達と彼等では、叶わない事かもしれないが。それでも。

 直向きで強い意志が齎す力は身をもって知っている。今回それは自分達の敵であったけれど、それでも確かに残るものはあったのだ。

 世界を超えた想いが、あの出会いを引き寄せたのならば。結んだ縁がそう簡単に途絶える事もないだろう。

「しっかし、手紙世界かぁ……いろんな所があるんだな」

 ふと、千鳥の視線が彼方を向く。「どういう意味だ」と怪訝な顔で促せば、相変わらず軽やかに、彼は思いがけない言葉を口にした。

「お前の兄ちゃん、流星さんだっけか。もしかしたら別の所で戦ってたかもしれないよな、なーんて思ったり?」

 限りなく低い可能性だった。そもそも、本に兄が何処かの世界で生きているか、その確証すらないというのに。しかし。千鳥は信じ切っているらしい。生き別れてしまった兄弟が再び出会える可能性を。

「どっかで会えたらいいな」

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