第80話 幸せの有り方

乗って来た馬は、一緒に迎えに来たローナさんが乗っている。

ホント、何でもできる人だ。


「ジュリエッタ様、大丈夫でございますか?」


「あ、え、ええ。

ごめんなさい。

あなた達にも面倒を掛けたわね。

でも、嬉しかったわ。」


ルイ―ザは仕事ですから、などとは言わない。

いいのですよ。

そう言ってほほ笑んでくれる。


「ジュリエッタ様……。

あなたは少し、いい子すぎるのでは有りませんか?

どうしてそうなったのか分かり兼ねますが、

もう少し我が儘を言っても、ばちは当たりませんよ。」


「十分我が儘だと思うけれど。」


親に逆らい、勝手に婚約を解消した。

境遇に我慢できずに、家を飛び出した。

おばあ様の指示に従わず、ダイバリーに行く事を選んだ。

スカーレットに頼りきりになり、好き勝手している。


「みんなに甘え過ぎだわ。

そう言えば、いつかお金や恩を返すと言いつつ、

スカーレットにまだ何もしていない。」


「疎い…。

ジュリエッタ様、その辺は何も心配しなくてもいいのですよ。

ジュリエッタ様がお教室をなさる恩恵は、

スカーレット様は十分受けていらっしゃるのですから。

何と言っても、生徒は裕福な家庭のお子がほとんど。

ジュリエッタ様が得ている利益は、

経費やスカーレット様の取り分を差し引いてからの物です。」


「そうなの?」


「生徒さんは、教室で必要な物は店で買い求めているようですし、

ついでに店で目にしたものを、買っているようです。

授業料の他に、店にそれなりの利益を落としているのです。

あの子達はお友達に、店の事や、教室の事を話したりしている。

あそこでは上流社会の教育を受けれますからね、

当然自慢の種となります。

今やあなたの教室に通うと言う事は、

上流社会にあこがれる子供たちのステータスとなっているのです。

つまり、入校希望者は引く手あまた。

スカーレット様が損をしている筈が有りません。

まぁ、するようでしたら、教室を開く事など勧めませんよ。」


スカーレットって、思っていた以上の商売人だったのね。

それが本当なら、私の心労も少し軽くなる。


「聞きかじりでは有りますが、

ジュリエッタ様の今までの生活は、どうかと思います。

私の知らない世界の常識かも知れませんが、

でも、人とは皆幸せを夢見ているのです。

でも、それが全て叶うなら、そこはきっと天国でしょう。

現実の世界では有り得ません。」


「ごめんなさい、あなたが何を言いたいのか、よく理解できないのだけれど。」


「ええと、申し訳ありません。

つまり私が言いたい事は、貴族社会の常識など私は知らないけど、

でも人間って誰もかれも欲望を持ち、

それを欲し、思う様にしたいって考えますよね。

たとえば好きな人が出来れば、その人を自分の物にしたい。

他人の目を気にし、綺麗なドレスや宝石が欲しい、

そのためにはお金が欲しい。

自分が楽をしたいから他人を動かす。

それには対価が生まれ、フィフティフィフティかもしれません。

でも全ての人の願いが、公平に全て叶う訳が有りませんよね。

誰かしらその欲望の餌食になっている場合があります。

命令するものとされるもの。

それがいい例です。」


「私は……されるもの。」


「ええ、ぶっちゃけ周りの人に振り回されているように見えますよ。

今まで大人しくそれに従い、周りの人に気を使い生きてきた。

違いますか。」


「ええ、だけどそれが淑女のたしなみ。」


「淑女だって欲望は有りますよ。

自分に似合えば、値段に関係なく欲しがったり、

面倒な事はしたく無いから下女にさせておけばいいとか。」


「うっ。」


私も似たようなものだわ。

市井の人には買えない様なドレスを与えられ、

掃除や料理は専門の人に任せきり。

自分の立場に必要な事しかしない。


「ジュリエッタ様。

また変な方向に物を考えているのでしょう?

自分の貴族の生活と、町の人達の生活を比べ、

自分は何て事をしているんだと思ってらっしゃいませんか?」


「だって、それは事実だし、私達は皆を犠牲にして……。」


「ジュリエッタ様以上に幸せな方などいくらだっています。

お金を持っていて、ぜいたくな暮らしをしているから幸せだとは限りません。」


「そうなの?」


まぁ、近い例で言えばとルイ―ザが話し出す。


「例えばローナ。

彼女だってやりがいのある仕事が有り、お金にも苦労してないと言っていました。

ブレットさんとだって、それと無くうまく行っているようですし。

幸せだと思いますよ。」


「嘘!?

いつの間に。」


「いやですわ。

一緒に暮らしているんですもの。

いくらだって機会など有りますよ。」


そっか~、うまく行っているんだ。

いいな~~~。


「私だって、こうしてジュリエッタ様の傍に居て、

あなたをお守りするのが嬉しいのです。

十分なお給金もいただいています。

誰だって、自分が不自由しないで、満足していれば、

お金などそれで十分なんです。

実は恋人だっているんですよ。」


「恋人―!

全然知らなかった。」


「悟られない様にしていましたからね。

で、ジュリエッタ様。

今、私達の事を羨ましいと思いましたか?」


「思った。

すっごく思った。

満足できる仕事に恋人。

羨ましいわ。」


「では、私達はあなたより幸せだと言う事です。」


「ルイ―ザが私より幸せ?」


そうですとも、とルイ―ザはまた微笑む。

確かに満ち足りた顔をしている。


「まぁ、見栄で言った自慢話をうのみにし、

羨ましいと思うことも有るでしょうが、

見栄は見栄。

自分を無理やり満足させ、他人より優位に立ちたいと言う願望ですもの。

それはそれで、当事者自身が空しい筈ですよ。」

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