第79話 決別

と言う訳で、私は今、馬を走らせている。

目的は当然お母様の乗る馬車だ。

せっかく会うと覚悟を決めたのに、

今更それを反故にされるなんて気が抜けるし、腹が立つ。


「あれほどしつこく探していたくせに、

会わないなんてどういう事よ。

それなら今まで悩んだ私の気持ちはどうしてくれる。

大体こうなったのは、誰のせいだと思っているの。

まぁ、そりゃあ全部お母様のせいにする訳じゃ無いけれど……。

だけど、だけどさ!」


やり切れないとは今の気持ちを言うのだろう。

私は意地になってる。

そう自分でもわかるが、

がむしゃらに馬を走らせることを止められなかった。

しかし暫く風に当たったせいか、徐々に頭も冷えてきた。


何やってるの私、元々会う事に消極的だったではないか。

それなのに、私はなぜお母様に向かって馬を走らせる。

お母様は私の無事を知った。

が、私に会おうとはしない。

まさに理想的じゃないか。

……帰ろう。

そう思った時、前方に先ほどの馬車を見つけてしまった。

こちらは騎乗。

あちらは馬車を引いている。

どう言い訳をしても、追い付かない訳が無い。


「はぁ—、会うしかないか。」


これも運命か。

私は諦め、馬車に向かった。



先手必勝。

怒られる前に怒れ。

勢いで蹴落とせ。

それが勝機を決める。

だけど、急がば回れ、負けるが勝ちとも言う。

一体何が正しいんだ。


きっとこれだ。


「当たって砕けろ。」


砕けちゃダメだろ。



取り合えずお母様の馬車を止めた。

そして今は、お互い目も見ず、

ただ黙って馬車の中で向かい合って座っている。

かれこれあれから、20分は過ぎているだろうか。


我慢できず、最初に口を開いたのは私だった。


「ごめんなさい。」


驚いたように目を見開いたお母様。


「あなた……。」


「心配をかけてごめんなさい。

だけど、お母様の考えには、どうしてもついて行けなかったの。」


「そうよね………。

私もあなたに良かれと思って勝手をし過ぎたわ。

だけどね………。」


「私もあれから色々学んだわ。

人を育てると言う事も。

だから少し、お母様の気持ちも分かる。

でも、少しだけよ。」


「人を育てるって、あなたまさか…。」


「いやだ、もしかしてまた勝手な事を思っているの。

子供なんて産んでいないわ。

それとも、それほど私を見くびっているの。」


「ご、ごめんなさい。」


謝った!?

あのお母様が。

自分の言う事が正しいと、

いつも思っていたようなお母様が、謝るのか。

つまり自分でも間違う事が有ると悟ってくれたのか。


「赤ん坊を育てたのでないなら、

一体誰を育てたの?

養子でも取ったの?」


「お母様に言うつもりは無いわ。

また曲解されるのは、たまった物じゃないもの。

とにかく今の私は、充実した生活をしているわ。

それがどういう事か分かる?

今まで以上に、生きていると感じるの。

私はこの生活を変える気は有りません。

だから私の事など放っておいていただけると助かります。

どうせお母様は、私と会うつもりは無かったのでしょう?」


「そんな…。

私はあなたの事を心配して、

これがあなたに取って一番いい事だと思って………。」


「またそれですか。

やはりお母様は、変わらないのですね。」


あなたの為、あなたの為、あなたの為。

それはあなたの自己満足。


「帰ります。」


「待って!」


「これ以上話しても無駄かと思いますが。」


「いえ、ただ聞いてもらいたいだけ。

スティール様なのだけど、

まるで人が変わったように、政治に打ち込んでいるわ。

次期国王と言う事も有り、結婚を勧める貴族や言い寄る令嬢もかなりいます。

でもスティール様は、そんな方達には目もくれず……。」


「そんな話、聞きたくありません。」


「国王陛下や、大臣達もスティール様の能力を認め、

戴冠式の時期を早める事を検討し始めました。

貴族の中には、次期妃を選定し直すべきだと言う動きも出ています。

このままではスティール様の傍らには、他の人が立つ事になり兼ねません。

あなたはそれで構わないのですか?」


「お母様は未だにそんな事を望むのですか?

こうなった元々の原因を考えないのですか?

もしかして、それは全て私の我儘から始まったとお考えですか。」


「そこまでは言っていないでしょう!?」


そこまでは言ってはいない。

つまり責任の一端は、私にも有るとお考えになっていると。

いいでしょう。

分かりました。


「スティール様には、私に遠慮なさることは無いと。

お好きな方を妃に迎え、どうかいつまでもお幸せにとお伝え下さい。」


「えっ……。」


「そうそう、もう一言、私以外の人と…と伝えて下さいませ。」


そう付け加えなければ、安心できない。

また上げ足を取り、何を仕出かすか分からないから。


「それではこれで、失礼させていただきます。

どうかいつまでもお元気で。」


「そんな…。

それでは永の別れの様では有りませんか。

ジュリエッタ、私達はあなたの気が済むまで待ちましょう。

だから必ず帰ってくるのですよ。」


また命令?

話にならない。

私は何も言わず、振り返りもせず馬車を下りた。

それから後から駆け付けたルイ―ザ達と共におじい様のもとに帰る。

今一つすっきりしなかった。

何の解決にもなっていない気がする。


「私は間違っていたのかしら。」


迎えに来た馬車の中、ルイ―ザに凭れ掛りながら、

問うように呟いた。

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