第81話 常識と我儘

自分の常識と、他人の常識。

それぞれの考え方が違う。

人間として、どれが正しいのか分からない。

一体人間はどうあるべきなんだろう。


「人の考え方は千差万別ですからね。

正解など、きっと無いと思いますよ。

ジュリエッタ様は、自分自身でよく考え、

後で後悔を絶対にしない方法を取ればいいと思います。

まあそれ自体も難しいのかもしれませんが。」


「考えを押し通すのは、私の我儘では無いの?」


「あ~、まずはそこからですか……。」


ルイ―ザは呆れ切った表情で呟く。


「ジュリエッタ様のは、貴族の常識と言う名の呪詛、

いわゆる洗脳だと思いますよ。」



「せん……のう?」


そんな覚えはない…。


「幼少の頃、いえ生まれ落ちた時からの擦り込みですから。

その認識も無いのでしょう。

国の為、家の為、貴族としての在り方だけを、

常識としてきたのですから、仕方が有りません。」


「そう………。」


根底から、全て組み直さなければ、

私の真の幸せなど訪れないのだろうか。

まぁ、それを幸せだと信じればこそだろうけれど。

そのガイドラインが分からない。


「とにかく帰りませんか。

伯爵さまもご心配していらっしゃいますよ。」


「ええ、帰りましょう。

おじい様の所に。」




私の姿を確認したおじい様は、安心した顔をしてくれた。


「良かった。

下手をすれば、もう二度と会えないかもと思っていたよ。」


ずいぶんと心配をかけたようだ。

取り合えず、お母様に会い、有った事を話した。

ついでにルイ―ザに言われた事も。


「そうだな、常識の基準など、いくらでもある。

ジュリエッタのそれは、

押し付けられた貴族社会の常識一色なのだろう。」


「はぁ……。」


「人としての常識の知らない部分、

知らなければ、覚えればいい。

取り合えず、お前の考えや、希望を全て、口に出してみるといい。」


「そんな、我儘は言えません。」


「それが我が儘として許されないものか、

許される望かを、聞いてみればいい。

きっとお前の周りには、それを教えてくれる人は沢山いると思うぞ。」


それって、ルイ―ザとか、ローナとか、スカーレットとか。

まぁ、ちょっと心配な人はいるけれど、

私の考えを正してくれる人は、確かにいそうだ。

ここはおじい様の忠告に従う事にしよう。


それからの私は、思いついた時、

何でもいいからルイ―ザとかに言ってみる事にした。


「ねぇルイ―ザ、ケーキが食べたいわ。」


「そうですね。

ベッドに入ってしまったのですから、

それは明日にした方がよろしいかと。」


だよね~。


「見ず知らずの人が、指輪を贈りたいって言うんだけど、

これは当然……。」


「お断りした方が無難ですね。」


私もそう思う。


「あのお婆さんの荷物を、持ってあげたい。」


「いい事だと思います。」


「ねぇルイ―ザ、おしゃれがしたいわ。」


「そうですねぇ…。

いいと思いますよ。

もう逃げ隠れする必要も有りませんし。

ただ、周りの人への説明を考えておかなければなりませんが、

お洒落をする事は、私は賛成ですよ。」


ふいに思いついた事だったんだ。

自分はまだ若いけれど、

この姿も結構気に入っていて、

捨てがたいのだが、

たまにはおしゃれしてみたいと思ったんだ。


「生徒達は、きっと理由を聞きたがるわね。

今更説明するのも大変だし、ただお洒落してみたいだけだから、

別人として活動する……て言うのは、行けるかしら。」


「それでも大丈夫かと。

ただ、別人に成りすます時の身元と、

バレた時の理由と、

その時の覚悟はしておいたほうが良いかと思いますよ。」


なるほどなるほど。

それを考えるのも、それで楽しいかもしれない。


「それではルイ―ザ、

私の身元はマーガレット・ジェンガ―の親戚…、

従妹としましょう。

たまたま遊びに来たと、これからも時々来るつもりだと。」


「どちらに住んでいる従妹さんですか?」


「えっ、あ、あの…、タ、タンザリア。」


「なるほど、ここから半日ほどの町ですね。

もしタンザリアの事に詳しい人間に、色々聞かれたらどうしますか?」


「う、そ、それなら出身はメルローゼにする。」


「メルローゼですか、ここから4日ほど町ですね。

遠距離なら、知っている人の割合も少なくなると考えたのですね。

それで、そこから4日も掛けてここまで来る理由は?

タイムラグを考えれば、

そう頻繁にはおしゃれも出来無いでしょうね。」


ルイ―ザは意地悪だ。

だが嘘を付くなら、たとえそれに悪気が無いとしても、

色々責任を持たなくてはならないんだ。

ルイ―ザはそれを指摘してくれている。


「やっぱりタンザリアにします。

タンザリアの事は、下調べしておきます。」


観光ガイドを見るぐらいしか出来無いと思うけど。


「では、あなたのお名前は?

年は幾つ?

タンザリアのどこに住んでいるの?

好きな食べ物は? 

好きな男性のタイプは?」


「ちょ、ちょっとルイ―ザ、

そんな事まで必要なの?」


「このくらいどんな女の子だって聞きますよ。

嘘を付くのです、ばれない為には、

もう少し突っ込んだ事を考えておかなくてはなりませんね。」


そうか、私は嘘を付くのね。

改めてそれを感じた。

それを思うと、何ともやりきれない気持ちが広がった。

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