第71話 円満なる同意

しかし、何と言ってもスティールは王族。

それもすでに成人している。

それを十分知っている私は、ぐっと言葉を飲み込む。

さあ、私をどうするつもり?


「ジュリエッタ、話したい事が有る。」


「どのような事でしょう。

既に政治に関わっていらっしゃって、お忙しいスティール様が、

私などに何の御用ですか?」


まぁ、想像できる理由はごまんと有る。

でも言いたい事が有るのは私も同じ。

私は彼の出方を待った。


「どうか、二人きりで話せないだろうか。」


「お断りします。

未婚の女と、二人きりで話などするべきでは有りません。

ましてやあなた様は王族。

身の危険もお考え下さいませ。」


「そんな事はどうでもいい!

私はジュリエッタと話がしたいんだ。」


「それは命令でしょうか。

あなた様は、また王族をかさに着て、

私を思うがままになさりたいのでしょうか。」


「そんなつもりは無い。

ただ、話がしたいんだ。

これが…最後のチャンスなんだ!」


チャンス?

それは誰にとっての話でしょうね。


「話なら、二人切りでは無く、

今ここでもできますわ。」


私もかなりの無理を言っていると思うけど、

ここで妥協すれば、きっと私の負け。


「どうかジュリエッタ様、私からもお願いします。

スティール殿下のお話を聞いてやっていただけませんか。

殿下にとって、本当にこれが最後のチャンスだったのです。

それに掛けて、あなたの祖父様の下に伺うつもりでした。」


スティールの側近のアルフレットさん。

私も小さい頃から知っている人。


「かまいませんわ、二人切りで無いなら。

それと、私の身の安全の保障をしていただけるのなら応じましょう。」


ちらと見ると、ルイ―ザ達が緊張した顔をしている。

私なら大丈夫よ。


「スティール様、ここはグレゴリー。

あなたは王子様と言えども、それはお隣での事。

そして私はこちらの国の伯爵の孫。

いえ、あなたはその事を忘れてなどいませんわね。

大変ご無礼な事を言いました。

申し訳ありません。」


「遠い………。」


「はい?」


「ジュリエッタ!

何でそんな話し方をするんだ。

なぜ以前のように接してくれない。

ジュリエッタが…遠い。」


「そうなったのが誰のせいか、

お分かりになっていない?」


「いや…分かっているとも。

身に染みている。」


おや、分かっているの。

それでもこの仕打ち?

曲解している可能性もあるか。


「ジュリエッタ様、そう殿下を虐めないでやって下さい。」


どことなく、笑いを堪えた表情のアルフレットさんが、スティールの援護をする。


「殿下、ジュリエッタ様もお話をなさると譲歩されています。

ここはこちらも少し妥協し、

お互いの護衛を含め、どこかに部屋でも取って話されてはいかがでしょう。」


「そうですわね。

宿の部屋と言うのはお断りしますわ。

それ以外、例えば食堂の個室などでしたらお受けします。

ただし、私達には時間が有りません。

この国の伯爵であるおじい様が、私を待っていらっしゃいますので。」


それともこの場で私を拉致しますか?

グレゴリーでそれをなされば、あなたはその時から犯罪者となります。

おあつらえ向けに、私達を注目した人々が、遠巻きながらこちらを伺っています。

目撃者は事欠きませんね。


「その必要はない。

二人きりになれないのならば、

どこでも同じだ……。」


そう言った途端、スティールは私の下で膝まづいた。


「な…何を……。」


「ジュリエッタ。

いや、わが女神よ。

私はここであなたに誓う。

自分に驕らず、国、国民、あなたの事を思いやる、

あなたに相応しい男になると。

あなたに教えられたこの感情を胸に刻み、

いずれ我が国に相応しい王になると誓う。

だから………。」


だから?

一体何が望みなの。

いや、想像は付くけど。

その前に、あなたにはやらなければならない事が有る筈だ。


「だから、もう一度私の婚約者に戻っていただけないだろうか。」


「思い違いでは有りませんか?

婚約者ではなく婚約者候補でしょう?

でも、その前にやらなければならない事が有りますわよね?」


「そ、それはもちろんだ。

それを望む前に、自分の身を戒め、あなたに相応しい男になる。

だからその時は…。」


「いつまで甘ちゃんなんですか、あなたは…。」


怒りで体が震える。


「あなたの心根が、少しは改善したと思いましたが、間違いでしたわね。

その時は、その時はと言うこと自体がまだ子供と言うのです。

成してもいない事を例にとって、何を言っているのですか。

それを言いたいのであれば、自分の力で自分の国を良くしてから仰ることね。」


「そ、それは当然だ。

そうだな、この話は…忘れてほしい。

だが、最後に私の話を一つだけ聞いてもらえないだろうか。」


「最後に一つだけ…ですか?」


「ああ、もし…もし私があなたに相応しい男になったならば、

もう一度私に会ってほしい。」


「それが私に話したい最後の言葉ですか。」


スティールは静かに頷いた。

私はさらに体が震えた。特に握り締めたこぶしが。

それから私は大きく息を吸い込み、それから


「私にごめんなさいと謝る気はないのかーーーーー‼」


そして振り上げたそのこぶしを、私は思い切り力を込め振り下ろした。


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