第72話 おしおき 

女の細腕とは言え、ゲンコをまともに受ければやはり痛いのだろう。

スティールは頭を抱え込み、地に沈んだ。


あ~ぁ、やっちゃった。

せっかく被っていた猫が完全に剥がれた気がする。

まぁ、王族を殴った時点ですべてがアウトだろう。

逃げられる訳もない。さあ、どうにでもするがいい。

そう開き直ってっていたけれど、スティール側は一向に動く様子が無い。

と言うか、アルフレットさんに至っては、手で顔を覆っているけど、

完全に笑っているよね、あれは…。

それでも彼は、何とか笑いを押し込め、

うずくまるスティールの下に近づいて行った。


「スティール様、いかがなされましたか?

どこかご気分でも?」


「ジュ、ジュリエッタが………。」


「はて、ジュリエッタ様が何かなされたのですか?

少々スティール様から目を離しておりましたので、

その間に何か有ったのか、私は分からないのです。

もしよろしければ、そのかなりのダメージの訳をお教えいただけますか。」


なるほど、どうやらアルフレットさんは私を見逃してくれる様子。

それなら私はまだいけるかな、猫…。


まあ、大の男が女に殴られて、

地べたに這いつくばるほどのダメージを受けた。

など、スティールの口からは言えないだろうな。

目撃者は大勢いるだろうが、ここでは私達はただの第三者だ。

わざわざ申告しに来る者などいないだろう。

と言うか、どうやら周りは単なる男女間の痴話げんかとみているらしい。

男性は気の毒そうに見ているが、

女性のほとんどは、清々した顔をしている。


「いや~ん、

一体いかがなされたのですか、スティール様。

お体の具合が悪いのでしたら、お医者様に行かれた方がよろしいですわぁ。

アルフレッド様、この道を戻って二つ目の交差点を左に曲がった2軒目に、

お医者様がいらっしゃいますよ。

どうかスティール様をお連れ下さ~い。」


多少猫を被り過ぎた気がするけど、まあいいさ。

するとさっきとは打って変わって、ニコニコ顔のルイ―ザが、


「ジュリエッタ様、 エトワール伯爵がお待ちですので、

そろそろご出発なさらないと。」


と、機転を利かせる。

そうね。ここは有耶無耶にして、逃げるが勝ち。


「そうだったわ。

おじい様が私の事を待っていらっしゃるんですもの。

早く行かなくっちゃ。

それではスティール様、私はこれで失礼いたします。

くれぐれもお大事に~。」


「ま、待ってくれジュリエッタ。

私はまだあなたに謝って……。」


私はその言葉で、瞬時にブリザードモードにチェンジ。


「スティール様、

私は今、あなたからその言葉を聞きたくありません。

人に言われて思い付いたような謝罪を、どの面下げてほざきやがる、

ですわ。」


「そ、それは…。」


当たり前でしょうが、

それは、あなたが私に謝るつもりが無かったと言う事でしょう?

つまりあなたは、私に悪い事をしたと思っていないのよね。


「だ、だが、いずれ私に会ってくれるのだろう?

その時改めて…」


「あぁ、そのお話ですか。

確か、あなたが私に相応しい男になったなら、会ってもらえないか。

そうでしたよね?」


「そうだ、じゃない、そうです…。」


「それは、問ですよね。命令では有りませんよねぇ。」


「えっ、…はい、そうです。」


命令すればそれが叶う世界に住んでいるあなたが、

他人に伺いを立てる。

少しは進化したのか。


「では、ではその問いに対する私の返事です。

あなたが私に相応しい男になったと言った定義は、

一体誰が証明してくれるのかしら。

もしあなたが自分でその判断をするのであれば、

一昨日お出で下さいませ、ですわ。」


別名、おととい来やがれとも言う。

しかしスティールは意味があまり分かっていないようだ。


「一昨日?

今そう言われても、一昨日には間に合わないだろう?

しかし一昨日だったら、許してもらえたのか?

私は一昨日来ればよかったのか?

だからジュリエッタの気分を害したのか。

失敗した。」


とことん勘違いしてやがる。


ルイ―ザが時間の事で、やきもきしているかもと見れば、

ローナと二人、うんうんと頷きながら、凄く機嫌が良さそう。

ブレットさんは少し気の毒そうな顔をしているけど。

しかし、この程度の事が分からない様なら、

国を背負って立つのはまだまだですね。

つまり、私を呼び出すのはいつになる事やら。


「とにかくあなたが一人前の人になるまで、

お会いするのはお断りします。

でも、その判断は、そうですねアルフレードさんにお任せしましょうか。

当然命令などのズルは無しですよ。

でも、あなたが他の方に運命を感じたのであれば、

遠慮なく結婚なさっても結構ですよ。

もちろん私の方にも、その可能性は有りますが。」


その言葉を聞いたスティール様は、再び地に深く沈み込んでいた。

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