第11話 二人の差

陛下!一体何を言っているのです。


陛下の言葉を聞いた方々は、盛んに頷いたり、ひそひそと話をしていて、

中には拍手までしている人がいる。


私はすぐにでもその場を飛び出し、逃げてしまいたかった。

でも、私にはまだやらなければならない事がある。

そう、スティール様を次期国王とする事。

大体にして、この騒ぎを起こしたのは私だもの、

そんな無責任な事をしてはいけないわ。


そう、そうよ、何とか最初の目的に話を戻さなくては。


「国王陛下、落ち着いて下さいませ。

スティール様にはまだこの先、出会われる方が大勢いらっしゃる筈です。

それこそデビュー前のご令嬢だっていらっしゃいますもの。

その中にスティール様に相応しい方が、いらっしゃるかもしれません。

此処で焦ってその話を進めても、

後々後悔する羽目になっては大変でございましょう?

ですのでその話は時間をかけ、ごゆっくりされた方がいいと思いますわ。」


「わしはいたって冷静だが…。

まあ、確かにスティールは今は成人前、現在はまだ結婚できぬ年ではあるが……。」


「その通りでございます。

スティール様にはまだやらなければいけない事が沢山有るはず。

結婚などにかまけている場合では有りません。」


「それはそうかもしれんが、婚約ぐらい決めておいてもいいのではないか?」


「いいえ、幼少のころから許嫁を決めていたおかげで、

アンドレア様は私の方ばかり気を向けていて、国政を疎かにされていました。」


「な、何を言うか。

私だって仕事ぐらいしていた。」


「そう、確かに仕事はなさっていましたわ。

でもそれは人に言われたことをこなしていただけ。

国の情勢などを本気で考えて、自分なりに行動した事は有りましたか?」


「何故、お前にそんな事を言われなければならないのだ!

それにお前は私を見張っていた訳では無いだろう。

私が何を見、何を考えていたなんて、知る由もないだろうが。」


「確かにそうですわね。

でも、王宮にも色々な方がいらっしゃいますのよ。

仕事に真面目に取り組んでいる方。

人を物差しで測らず、人としての真価を見極めていらっしゃる方。

真に国の事を思っていらっしゃる方。

意外とそういう方は、同じ志を持つ者に共感し、色々な事を教えて下さいますのよ。」


お分かりになりますか?

貴方をしっかり見つめていた方がいたことを。

そしてその行いを見極め、次期王となるあなたの事を、

眉をひそめ、嘆いていた人がいたのですよ。


「なっ、それではいかにも私が能無しのように聞こえるではないか!」


それぐらいは察してくれたのね。

助かりますわ。


「その方たちの話では……。」


「兄上、今、国民の一番の関心は何だと思われますか?」


また突然人の話に割り込んで入るスティール様。

ですから、マナーを守って下さいませ。


「国民の関心だと?そんなもの知る訳………。

い、いや、そう、国民の関心か。

それは…多分…来月開かれる国主催の馬のレースだろう。」


…………。


「いやっ、あれか、王都に新しく開店した高級料理店。

あそこはなかなか旨いと聞いた。

きっと町はその事で持ち切りに違いない。」


呆れかえって物も言えない。

それはあなたの興味がある物でしょう。

普通の民ならそんなにお金のかかる事に興味すら持てません。


するとスティール様は、寂しそうな笑顔でアンドレア様を見つめ口を開いた。


「いいえ違います。

確かに一部の人間はそれらを気に掛けるかもしれません。

しかし、多くの民の一番の関心は天気です。」


「天気だと?それがどうしたと言うんだ。

確かに挨拶代わりによくする話だ。

毎日、何百回も民の間で話題に上がるだろうが、

だがそれがどうしたと言うんだ。」


するとスティール様は、首を左右に振り、まるで諭すように話し出す。


「兄上、今はもう7月も終盤、ところが最近の陽気をどう思われますか?」


「まあ、天気はぱっとしないが、例年よりは涼しくて、過ごし易いではないか。」


「そうですね、過ごし易さは否定しません。

ただ、農作物の事はどう思いますか。」


「農作物だと?まあ、多少の影響は有るかもしれないが、それが私と何の関係が有るんだ。」


「兄上は、いずれこの国を背負って行かなければならぬ立場、

民の憂いもしっかり把握して下さい。

いいですか?悪天候が続くと、植物の成長が著しく悪くなるのです。

すると農民は不安になる。

このままでは思ったような収穫が得られない。

そうなれば、収入も減ってしまう。

日々の生活もままならなくなる。」


……………。


「おまけに、その少ない収入の中から、決められた税金を払わなければならない。

農民だけでは有りません。

物流に関してもです。

作物が取れなければ、当然物価が高くなる。

熱くならなければ夏用の服も売れない。

夏の暑さを当て込んでの商売も無駄になってしまう。

只の天気の話ですが、多くの国民が他愛もない天気の事で、

頭を抱えているのです。」


「そんな事を言われてもどうしろと言うんだ。

天気を左右できる奴なんていない。

天の神に祈ればいいのか!

祈って天気が良くなるなら、いくらでも祈ってやる。

だがな、どうにもならない事など、誰でもが知っている。

そんな事を私に言って、どうなるというんだ。

父上すら、どうにもならない事だ。

そうだ、私より父上の方が、ご利益があるかもしれない。

父上に祈ってもらったらどうだ。

ハハハハハッ。」


「いえ、父上なら国民の憂いを、少しでも晴らす事が出来ます。」


「出来る訳などない!」


「スティール。

そなたがわしの立場だとしたら、どのような事をするのだ?」


「そうですね…。

まず、知識の有る者達を各地に送ります。

そして、もし助けられるような状態でしたら、速やかに植物に対して手を打ちます。

それでも不作となれば、収穫に応じて税金の額を引き下げましょう。

それから国の備蓄している食料を放出し、少しでも物価の変動を抑えます。」


「なるほど。」


「それと、ある程度の収入の有る者はいいとして、どうにもならなくなった者には、申請に応じて補助金を出します。

勿論、不正などせぬよう目を光らせなければなりませんが。」


「よく分かった。

してアンドレア、お前はどう思う?」


国王はまるで、その人となりを試すように、話をアンドレア様に振った。

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