第2話
病院に着くと、旦那は緊急治療室に搬送され、手術を受けていた。私はただ、無事を祈ることしかできない。今朝までいつも通りの日常で、いつものように旦那に「いってらっしゃい」と声をかけ、旦那も「いってきます」と返してくれた。それがこうも突然、奪われてしまうとは思ってもみなかった。
結局、病院の人の努力むなしく旦那は亡くなってしまった。医者は「最善を尽くしましたが」などと言っていたが、言葉が耳に入らない。旦那が死んでしまった。もうこの世にいない。ショックで何も考えられない。
旦那の死因は、メガネによる窒息死だったようだ。
事件の概要はこうだ。メガネ屋でメガネを盗もうとした男に旦那は声をかけ、注意したらしい。すると、男は逆上して旦那に棚に置かれていたメガネを投げつけてきた。とっさのことに旦那は腕で顔を守った。その隙に男は旦那を押し倒し、馬乗りになった。そして、わけのわからない言葉を発して、なんとメガネを旦那の口に押し込んだのだそうだ。それを見た店員が慌てて男を取り押さえ、その場にいた客が救急車を呼び、警察を呼んだ。
犯人の男は、警察の事情聴取に次のように述べている。
「あいつが止めなければ、今頃家で俺のかわいい嫁たちにメガネをプレゼントできたのに。あいつのせいだ。そうだ、あいつみたいなメガネ男子がいるから、俺たち不細工メガネがもてないんだ。お前みたいなイケメンメガネにもてないメガネ男の何がわかるっていうんだ。それにメガネはかわいい女子がかけてこそ、メガネの真髄を発揮する。メガネの良さをあいつは何もわかっていない。」
男の部屋からは供述通り、かわいい「嫁」がたくさんいたそうだ。どれも等身大の人形で人間のメガネを装着可能な大きさである。さらに、男は重度のメガネフェチだったらしく、部屋には無数のメガネが散乱していた。
どれだけメガネが好きなのだろう。あまりの数に警察も驚いたそうだ。ただ、事件は男の突発的な犯行のようで、計画的ではないことがわかった。男はメガネを盗もうとは計画していたが、まさか人を殺してしまうとは思ってみなかったと言っている。
何とまあ、好き勝手言いたい放題である。ただ、旦那はこの男のせいで死んでしまった。この男は一生許さない。
こうして私は最愛の旦那を失ってしまった。幸い、私たちには子供がおらず、私は仕事をしていたので、経済面について支障はなかった。ただ、あまりに突然旦那を失ってしまい、ショックでしばらく放心状態であった。
葬式については、滞りなく行うことができたと思う。何しろ、その時のことはほとんど覚えていないのだから、うまくできたとしか言いようがない。葬式に来た人々は口々に「ご愁傷様」「若いのにお気の毒に」などの言葉をかけてくれたが、そのどれも私の耳には届かなかった。写真の旦那はメガネをかけていて、輝かしい笑顔を浮かべていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます