第317話「何はともあれ、良いことだ。」

 クレスト皇帝のおかげでサンドラとヘレウスの問題も一段落するかと思ったら、少し面倒な状況になってしまった。皇帝が余計なことを言ったせいでヘレウスがサンドラに謝罪する機会を失ってしまった。多分、話に行くと余計なことを引き起こすだろう。

 二人とも大人の対応ができるはずなのに、親子として向かい合うと上手くいかない。なかなか難しいものだ。


「という状況だ。もう俺にはどうすればいいのかわからん」

「兄さんが余計なことをしないか心配で来てみたら、そんなことになっていたなんて」


 屋敷に用意された自室で、俺はアイノと話していた。

 ヘレウスとクレスト皇帝との話が終わった後、屋敷内をふらついていたのだが、いきなりアイノがやってきたのだ。

 言葉通り、俺の動向が気になっていたらしい。我ながら信用がない。

 とりあえず、部屋に案内して話をしているところだ。


「どうしたものかな。せっかくヘレウスが来ているんだから、少しは上手くやって欲しいんだが」

「兄さん、とても兄さんらしいわね」

「どういう意味だ?」


 嬉しそうに微笑みながら、アイノが言った。


「こうして周りの人の心配をしているところがよ。昔もそうだったもの。珍しく帰ってきても、部隊のことを気にしたり」

「そうか? 昔はそんな余裕はなかったと思うんだが」


 人間時代はそこまで俺も強くなかったし、『嵐の時代』のただ中だ。必死だった記憶しか無い。


「兄さんが覚えていないだけよ。きっと、時代が良ければ父さんと母さんとも仲良くできたんじゃないかしら」

「……どうだろう。それは難しいな」


 そうだな、といいかけたが、過去の記憶がそれを押しとどめた。

 両親は、本当に俺のことを稼ぐ道具としか思ってない人達だった。もっと殺せ、もっと稼げ、アイノが可愛いんだろう。そういう人達だった。

 数百年たった今も、敬意も抱けない。ただ、俺達を産んだだけの存在だ。

 

「せめて、アイノに対してもっと愛情を示してくれていれば違ったかもしれないな」


 俺が聖竜様を探すきっかけになった、ボロボロの姿のアイノ。あれを思い出すだけで、今でも怒りがこみ上げてくる。

 とはいえ、もう会うことも話すこともない。とっくの昔に死んでいる。確認したわけではないが、人間なら寿命が尽きている。


「そっか。せめて、『嵐の時代』がなければ違ったかな」

「かもしれないな」


 俺の両親も情が全くなかったわけじゃない。少なくとも、赤子の俺達を育てるくらいはしてくれた。

 不作と戦争が続く時代で、心が荒んでいた。そういう解釈もできなくもない。


「少なくとも今は良い時代だよ。アイノ、もしかして両親の最後が気になってるのか?」

「どうかな。でも、私達の故郷がどうなったかくらいは知りたいかも」

「ふむ……」


 俺達の故郷はここから北の小国だ。もう地図上には存在しない。数百年も前の記録があるかも怪しい。仮に墓があっても無くなっている可能性も高い。


「アイノが気にしているなら、調べることもできるが?」

「……うーん。いいかな。なんか、嫌なことも思い出しそうだから」


 それで、俺達の両親と故郷に対する会話は終わってしまった。

 未練がなければ、そんなものだ。

 さて、それよりも、問題は今を生きている者だ。


○○○


 クアリアの領主の屋敷は、夜になっても内部が比較的明るい。ここ数年で豊かになって、明かりの魔法具が増えたためだ。

 それに今は暖房も効いていて快適だ。資料室で借りた本を返すべく歩いていると、窓から外を眺めているサンドラを見かけた。

 本当に何でも無い。客用の部屋が並ぶ通路の端にある窓。ただ、町の明かりがよく見える場所だ。


「外に面白いものでもあるのか?」

「っ! びっくりした。アルマスね。なんとなく、外を見てただけよ。クアリアは明るいなって」

「そうか。……ヘレウスのことは許してやれ。皇帝から色々聞いて多少は溜飲が下がっただろう?」


 いきなり本題に入ると、サンドラは大きなため息をついた。


「わかっているわ。わたしだって仲良くしようという気持ちはあるのよ。クアリアに来たのだって、スルホ兄様とシュルビア姉様がいれば、話が弾むかもっていうところがあったわけだし」

「おかげでヘレウスは聖竜領でのびのびできたな」

「慌ててここに来ないのもちょっとムカついたわ」


 娘の本音が出た。そうか、時間を置いたのも悪手だったか。難しいな。俺はアイノとの仲が良好で良かったと心底思う。


「まあ、でもね。チェスをして勝っても負けても、少しは話をしようと思ってたのよ。……まさかあんな手で来るとは思わなかったけれど」

「あれはやりすぎだったと反省していたぞ」

「わたしも反省したわ。母様にいっぱい報告することがあるんだもの」


 気づけば、サンドラは町ではなく空を見ていた。

 方角的に、その視線の先には帝都がある。


「お父様とちゃんと話すわ。それで、急ごしらえでも帝都への航空便ができたら、お母様のところに行く。できれば、今年のうちに」


 振り返り、サンドラは真っ直ぐ俺の方を見て続けた。

 辛そうでも、苦しそうでも、悲しそうでも無く、涙もなく。真っ直ぐな言葉を続ける。


「だから、アルマス。わたしに力を貸してちょうだい」


 一人の女性としてのサンドラがそこにいた。


「もちろんだ。できる限りのことをしよう」


 立派になった者だ。あの小さく頼りなかった少女が。いや、体格はあまり変わらないが。


「なにか余計なこと考えた?」

「いや、そんなことはない」

「それはそれとして、今度のお父様とのチェスには絶対に負けないわ。皇帝陛下から沢山話を仕入れたもの。盤外戦術だろうが何でも駆使して、勝ってみせるの」


 感心していたら、握りこぶしでそんなことを言い始めた。親子だ

「また何か余計なこと考えた?」

「いや、自力で問題を解決して何よりだ」


 心からそう思う。

 翌日からサンドラはヘレウスと面会し、仕事だか日常の会話だかわからない交流が始まった。

 何はともあれ、良いことだ。


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