第299話「うまい落とし所、見つかるといいんだが。」

 広場で建設されていた建物だが、最終的に中央会館という名前に落ち着いた。聖竜様や俺、あるいはサンドラの名をつけることも候補にあがったが、それぞれの理由で断った。

 ちなみに、俺とサンドラは恥ずかしいから。聖竜様はもう領地に名前がついているから、なんか紛らわしいという理由である。


「見事なものだな。あんなに殺風景だったのが、嘘のようだ。しかも、こんな短期間に」

「そりゃあ、俺たちゃドワーフだからよ。このくらいできて当然じゃわい」

「その割に疲労困憊しているようだが……」

「ちょっと、工期がな。大工の姉ちゃんと夜飲みすぎて領主様を怒らせちまったしな」

「ドワーフと一緒に飲んで無事で良かったと思うぞ」


 大工のスティーナは、中央会館工事のドワーフ達と飲み友達となり、何度かひどく酔い潰れて仕事に影響が出た。ドワーフ共々怒られて、今は禁酒中だ。

 そんなどうでもいい話はともかく、会館の内装は見事なものだった。殺風景だった木造の講堂は天井や壁が白く塗られ、至る所に細工が施されている。派手な色塗りをしない、紋様や彫刻が中心。補修少なめで長期的な運用を見据えた、サンドラらしい発注だ。


「ここでの仕事はもう終わりなのか?」

「いんや、南部の方で別荘地の仕事とやらをすることになってる。長期間になるし、ここは面白いとこだから定住しちまうかもしれんな」


 俺が話しているのはドワーフ職人団の親方だ。実に楽しそうに仕事の話をしている。この分だと、本当に定住するかもしれない。


「いざとなれば、ここからすぐにドワーフ王国に帰るし、便利な場所になったよ」

「確かにそうだな。ああ、鍛冶屋はすでにあるから、仕事の取り合いにはならないようにな」

「おう。そこは任せときな。なに、あの子の邪魔はしねぇし、今いるのは建築系のドワーフだからな。そこは安心だぜ。賢者様」

「そうか。気を使わせてすまないな。大事な隣人なんだ」

「聖竜領の賢者様にそこまで言わせる子は、大したもんだ」


 エルミアの仕事については杞憂だった。彼女は気が弱いから、少し心配だったんだ。


「講堂以外の工事も完成しているのか?」

「おう。もう領主様が事務室を使い始めてるぜ」

「仕事が早いというか、気が早いというべきか」

「若いってことさ。やる気があっていいことじゃねぇか」

「違いない。では、失礼する」


 会館の奥は二階建ての建物になっていて、いろいろな部屋がある。中でも事務所はサンドラの仕事を援助するための施設で、領内の結構な割合の事務仕事を担当する予定だ。

 今いるみたいなので、様子を見ておこう。彼女はこういう時、張り切りすぎるからな。


○○○


 中央会館は大きな建物だ。講堂の向こうには小さめの屋敷くらいのスペースがあり、二階の半分ほどが事務所になっている。

 ドワーフによる装飾がふんだんになされた講堂とは対照的に無機質な室内の事務所で、サンドラはリーラとお茶を飲んでいた。


「あらアルマス。なにかあったの?」

「いや、サンドラが来ていると聞いて様子見にな。仕事でもしているんじゃないかと思ったんだ」

「しているわよ。今、現場の確認が終わったところ」


 綺麗に並ぶ机と椅子。まだ空っぽの出来立ての棚。それらを満足そうに見回しながら、領主が言った。横のリーラもどこか穏やかだ。事務員さえ増えれば、サンドラの負担は減る。 それと、クアリアで頑張っているマノンの助けにもなるそうだ。


「先日のクアリアの件では世話になった。助かったよ」

「気にしないでいいわ。アイノさんとクアリアのためになるし、良いことになったもの」


 アイノの一件で徴税官の不正を見抜いたのはサンドラだ。俺が資料を持って聖竜領へひとっ走りしたら、あっという間に数字のおかしいところを見つけてくれた。

 とはいえ、あれは特例だ。基本的にサンドラがクアリアの重要書類に目を通すことはありえない。


「冬に向けて工事は順調。気になるのはマイアに目をつけている男のことくらいか」

「それだけれど、お父様から情報が入ってきたわ。どうも例の彼、第一副帝から密命を帯びて来るみたいなの」

「つまり、無碍にはできないということだな」


 サンドラが頷く。個人で来てくれれば多少乱暴な扱いができたろうが、第一副帝の使者という意味もあるなら、慎重にするしかない。なかなかやるものだ。


「それと、人格なんかについても教えてくれたわ。品行方正、努力家で真面目。人当たりもよく、周囲からの評判も期待も高い」

「物凄く真っ当な人物じゃないか?」

「そうね。マイアにいきなり求婚するような人には見えないの」

「……失礼致します。もしかしたら一目惚れという可能性があるのでは?」

「……厄介だな」


 遠慮がちに言ったリーラの言葉に、俺はそう漏らすことしかできなかった。真面目な若者が、一目見て発作的に求婚。もしこの推測が当たっていた場合、例の帝国五剣はマイアにベタ惚れということで、ただの悪人よりもよっぽど対処しづらくなる。


「もし、向こうに悪意がなかった場合……困るな」

「ええ……困るわね」


 冬を前にして、出てきた情報に困ってしまった。いっそマイアが嫁げば全て解決なんだが、彼女はそれを望んでいない。

 うまい落とし所、見つかるといいんだが。


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【お知らせ】

昨年から投稿している『左遷されたギルド職員が辺境で地道に活躍する話』のコミカライズ1巻が10月10日に発売します。


それとは別に、MFブックスさん様より10月25日に書籍版も発売致しますので、宜しくお願い致します。

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