第285話「芸術家としての感性と人間としての本能がせめぎ合っているな。」

 聖竜領に戻ってきたならば、必ずやらねばならないことがある。

 ヘリナのことをトゥルーズ達に伝えた翌日、俺は資材を満載した荷箱を運ぶフリーバの飛行便に同乗し、西に向かった。


 行き先はいつもと違う。空から見える森に囲まれた小さな集落、聖竜領。その隣に位置する広大な農地を抱えた町、クアリア。石造りの町から畑の中を伸びていく街道沿いにフリーバは飛んでいき、農地の中に存在するちょっとした村が見えた。


「ちゃくりく、するよー」


 ハリアより若干たどたどしい言葉遣いと共に、近くの丘の上に設けられた新しめの広場にゆっくりと着陸する。

 草が刈られ、地面に石が敷き詰められた着陸場だ。

 周りには倉庫や小屋が建ち並び、大量の資材が置かれている。


 荷箱が広場に下ろされ、ロープ類が取り払われると、フリーバはゆっくりと小さくなっていく。体の大きさが自在なのはとても便利だ。


「そ、空の旅とは貴重なものを体験させて頂きありがとうございました……」

「すまん。怖かったか」


 一緒に荷箱から出て来たヘリナが震えながら礼を言ってきた。

 空から見る景色が何らかの刺激になるかもと、同乗を希望したんで連れてきたんだが、鳥のような視点は怖かったらしい。


「はいぃ。怖かったです。でも、こんな貴重な経験見逃せませんから、目も離せませんでしたぁぁ。あ、地面、好き」


 その場にくずれ落ちて地面をなで始めた。芸術家としての感性と人間としての本能がせめぎ合っているな。


「久しぶり、兄さん」


 ヘリナの様子を見ていたら、後ろから声がかかった。

 非常に聞き慣れた、家族の声だ。

 振り返ると、髪を頭の後ろでまとめた妹がいた。服装は聖竜領にいる時と同じく、動きやすい格好だ。


「アイノ、元気そうで良かった。えーと、仕事はどうだ? 順調そうか? 地域の人々との関係はどうだ? 不便はしてないか? 魔物に襲われたりしていないか?」


 俺が聖竜領に戻る最大の理由が、この秋からクアリアの西側で街道工事にいそしんでいるアイノに会うためであるのは言うまでも無い。

 能力、性格共に問題ないとは言え、初めての村を離れての仕事だ。気にならないといえば嘘になる。だから飛んできた。文字通り。


「大丈夫よ。皆さん優しいし。身の回りのことはフォルがやってくれるし」


 そういうと、アイノの隣に控えていたメイドがぺこりと頭を下げた。フォルというのか、覚えておこう。個人的に謝礼とかしたい。


「積もる話もあるし、まずは荷物を下ろしましょう。フリーバ、今日もありがとう。いつも助かる」

「へいき こっちはどんどん変わって面白いよ」


 小さくなったフリーバを撫でながら、アイノが荷箱に向かっていく。既に荷下ろしが始まっている。手伝わなければ。


「ヘリナ、ちょっと待っててくれ。俺もあっちを手伝ってくるから」

「あ、はい。私も手伝います。しかしなるほど、あれが噂の妹さんですか」

「ああ、大事な妹だ」

「なるほど……」


 なんだか物凄く納得した顔をされた。恐らく、誰かから、あるいは複数名から俺がシスコンだとか吹き込まれていたのだろう。なにも問題ないな。


 荷下ろしはすぐに終わった。水竜の眷属が二人に増えて空輸の回数が増えたことで、この地域の人はこの作業に大分慣れている。


「画家さんなんですね。兄さんと一緒に下りてきたから、魔法士の方かと思いました」

「はい。しがない画家……いえ、今はなにも描けなくなったから画家以下の存在ですぅ……」


 荷物を下ろし終わった後、着陸場近くに設けられたテーブルでお茶をすることになった。景色の良い丘の上で飲む、妹との茶は格別だ。ここに休憩所を設置した者を褒めたい。


「ヘレナは色々あって今スランプなんだ。それで聖竜領で刺激を受ければ治るかも知れないと、リリアに呼ばれた」

「そっか。リリアさんが。大変なんですね、画家さんって。私で力になれそうなことがあれば言ってください」

「はい。恐縮です、はい……」

「今のところ、聖竜領でのんびり暮らしてもらおうと思っている。どうも、何年も激務を続けていたのが原因みたいなんだ」

「働き過ぎ、ですか。真面目な方なんですね」

「そんなことはないんですよ。むしろ、真面目じゃないのに頑張ったのが良くなかったのかなー、とちょっと思い始めてます」


 それがいいだろう。今、彼女に必要なのは刺激よりも癒やしだ。今回の空輸同行はヘリナの要望もあったので実行したが、程々に押さえながらゆっくりやっていきたい。


「サンドラに昔描いていた絵のことを聞いたよ。見ただけで心温まるような、優しい絵を描いていたそうだ」

「それは、見てみたいな。芸術はわからないけれど。あの、こういうのもプレッシャーになっちゃいますか?」

「そ、そんことないです。そう言って貰えるのはとても光栄なんです。でも、でもこの腕がですね……」


 また落ち込み初めてしまった。彼女にすれば自分を自分たらしめているものを失っているのだから仕方ないか。


「慌てることは無い。まずはゆっくり休むことだ。ここでは誰も君に絵を描くことは強制しない」

「はい。頑張ります……いえ、頑張らないようにします」


 よし、わかってきたみたいだな。


「とりあえず仕事をしましょう。実は兄さんに手伝って貰いたいものが沢山あるの」

「任せておけ。さっさと片付けてゆっくり過ごすとしよう」


 その後、ゴーレム作りの仕事を夜までやって、近くの村に一泊した。

 夕飯はアイノの手料理で、俺としては言うこと無しだった。

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