第278話「彼女には既に十分世話になっているので礼など不要なんだがな。」

トゥルーズに呼び出された。これは割とよくあることで、試作の料理が出される流れのやつだ。この手の話がある時、俺は無条件で呼び出しを受けて、夕食後の領主の屋敷の食堂を訪れることにしている。

 正直、トゥルーズの作る料理は来た時から変わらず美味しいので、楽しみな習慣である。

 そんな楽しい時間に、今日は珍しい人物が参加していた。


「スティーナも呼ばれたのか。……大丈夫か?」


 そこにいたのは大工のスティーナだ。疲れ果てた様子で、到着した時は机に突っ伏していた。


「ああ、ちょっと疲れてるだけだよ……。思った以上に忙しくてね」


 彼女は春以降の忙しさを見越して冬の間に準備していたが、やっぱり忙しいようだった。原因の一つは建築家のリリアで、スティーナと相性が良かったばかりに、仕事が凄い勢いで振られている。


「少しは仕事を誰かに投げた方がいいと思うんだが」

「あ、あたしもそう思ってやってるんだけどね、思った以上に仕事が増えてるのさ……」


 西に南に色々やっているし、今度は大きな集会所の建設。将来的には学校。更に日常的に領内の拡大もある。クアリアや東都から人が多少来ているとはいえ、なかなか改善しない問題だ。スティーナの工房も人員を増やしているが、彼らが育って使えるようになるのは何年後だろうか。


「大丈夫、サンドラ様がお父上に頼んで、帝都から人をよこしてくれる。来年には少しは善くなってる予定だよ」

「そうか。すると、俺が用意できるのは疲労回復の薬草くらいだが……」

「是非お願いしたいねぇ」


 手を打ってあるならば、俺にできるのはスティーナが倒れないよう薬草を分けるくらいだ。残念ながら、建築関係の技能はないどころか邪魔しかねないので、疲労回復くらいしか手助けできない。


「二人とも、お疲れ様……」


 ぐったりしたスティーナを見ながら色々考えていると、トゥルーズが厨房から両手に皿を持って現われた。


「…………」


 表情に乏しい料理人の常ならぬ様子を見て、俺達は絶句した。


「どうかしたの?」


 怪訝な顔のトゥルーズ。本人に自覚はないらしい。


「トゥルーズ、なにかいいことでもあったのか?」


 思わず聞く。なぜなら、料理を運ぶトゥルーズは見たことないくらい満面の笑みを浮かべていたからだ。いつもはせいぜい微笑を浮かべるくらいだと言うのに。


「あんた、そんな顔できたんだねぇ……」


 スティーナが失礼なことを言っている。気持ちはわかるが、言葉に出すのは……疲れているんだろうな。

 だが、トゥルーズはそんな言葉を気にせず答えた。


「これが作れたから、笑顔にもなる……」


 そういって、テーブル上に置かれたのは魚料理。

 ハーブをふんだんに使った焼き魚と、パイ包み。それとマリネというやつだろうか。他にもモザイク状に入り組んだ形状のものなど、俺には見たことのない数々の料理がそこに並んでいた。

 どれも全て、食材としては聖竜領では見られなかったものばかりだ。

 

「これは……海の魚か? 一体どうやって?」


 聖竜領は海に接しているが、断崖絶壁。漁どころか釣りもできないんだが。


「海の魚について話したら、ハリアとフリーバが穫ってきてくれた」


 変わらず笑顔のままトゥルーズが答える。物凄く嬉しいらしい。

 たしかに、水竜の眷属である二人なら、魚を捕るくらい簡単だろう。考えてみれば、ハリアはトゥルーズの料理が好きだったな。


「あの二人に作って、せっかくだからアルマス様にも味わって欲しかった」

「あたしが選ばれる理由はあったっけ?」

「たまたま見かけた。すごい疲れていたから。はいこれ、お酒」


 そういって、近くに用意されていた白ワインをテーブル上に置かれる。スティーナがそれを見た途端、目を輝かせた。


「おお、嬉しいねぇ! いやほら、なんか気を遣わせて悪いね」

「平気。実験も兼ねている。この料理には聖竜領のハーブと薬草を使っている。疲労回復の効果の実験。あと、魚の安全性」

「どういうことだ?」


 いきなり不穏な感じになった。料理を肴に飲もうとしたスティーナの手が止まる。


「一応、ハリア達は食べて大丈夫だったし、私から見ても食べられる魚を調理した。でも、この地域で捕れる魚の知識は誰にも無いから……」


 見た目は安全にみえても、実は……という可能性があると言うことか。


「大丈夫。私は味見して無事だった。それに、アルマス様がいる。なにかあっても、治してくれる」

「それは勿論そうだが……」

 

 目の前の料理は美味しそうだ。ハリア達も平気だったし、味見したトゥルーズも元気そうだ。


「やるよ、あたしは。というか、トゥルーズが言ってるのは万が一だろ? 目の前にここに来て初めての海の幸があって、酒まであるんだから、やるしかないよ!」


 酒飲みは強い。それを見てトゥルーズが満足げに頷いているのは褒めるべきだろうか。

 まあ、多少のことなら俺が魔法でなんとかできる。トゥルーズも既に食べてるしな。


「よし、食べよう」


 俺が宣言すると、二人の表情が明るくなった。というかトゥルーズ、今日はかつてないほど明るいな。


「これで聖竜領は陸、海、空、全ての料理を用意できる。皇帝陛下に今度こそ勝つ」


 それが狙いか。熱心すぎる。


「一つ、約束がある。これを食べた後、無事でもそうじゃなくても、サンドラが専門書か専門家を呼ぶまで、海の幸の料理は控えてくれ」


 海で獲れる肴の種類は多い。本当に毒のあるやつを口にしてしまったら大惨事だ。一応、回避するための手は打っておくべきだろう。


「わかった。美味しかったら、今後は是非メニューに加えたい」

「あたしは酒の肴になるなら是非欲しいね。もう確信してるけど、これはいけるよ」

「よし、場合によっては、南部の工事の時、こっそり地形をいじるかもしれん」


 ちょっと釣り場を作るくらいならできるだろう。もののついでだ。


「ありがとう、アルマス様。お礼は必ずする」


 にっこり、という言葉が聞えて来そうな笑顔でトゥルーズが言ってきた。彼女には既に十分世話になっているので礼など不要なんだがな。


 この後、俺達はトゥルーズの用意した料理の数々を堪能した。幸い、食べ終わって三日しても何も起こらず、無事だった。

 問題と言えば、久しぶりの海の幸にスティーナが飲み過ぎて二日酔いになり、強制的に休息をとったくらいだ。


 秋からの南部の工事のどさくさで、ちょっと崖の形をいじってしまおう。そう決意するくらい美味しい料理だった。

 なお、事の次第をサンドラに伝えたら、ちょっと食べてみたかったらしく軽く怒られたことも付け加えておく。

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