第270話「ロイ先生の物語2」

 聖竜領からクアリアへの馬車へ乗る度に、ロイは昔のことを思い出す。

 最初は乗り越えることすら困難な山道だった。アルマスによって地形を変えられて、自分の考案したゴーレムによって街道が敷かれた。


 最初に作られた石の街道も立派なものだったが、今ではそこにレールが施工され、その上を専用の馬車が走っている。

 数日かけて山越えしていたのも今となっては過去の話。レールの上を走る馬車は揺れが少なく、速度も速く快適だ。

 

 昼食後に聖竜領を出て、一時間もすればクアリアに到着する。そうなるように頑張ったとはいえ、この成果は驚かされる。


「馬車に乗るといつも楽しそうですね、ロイ先生はー」


 設けられた小窓から外を眺めていると、横に座るアリアにそんなことを言われた。

 

「恐らく僕は、聖竜領とクアリアを最も行き来している人間の一人ですから。移動手段の発達に嬉しくなるんですよ」

「わかりますー。午後から買い物にいけるなんて良くなりましたよねー」


 ふわふわした明るい茶色の髪と、朗らかな笑顔が特徴の彼女がにこやかに笑った。

 予定通りアリアと出かけたロイだったが、彼女の服装に少し驚いた。

 ベージュ色のワンピース。いつもは動きやすそうな作業着のままなことが多いのに、まるで自分の決意を見抜いたかのように特別な服装をしてきたのだ。


 これまでは仕事の都合を口実にしていることが多いからというのもあったが、非常に珍しい事態だ。


 もしかしたら、アリアさんも何か考えている?


 一瞬、そんな疑問が浮かぶが、ロイは頭の中でそれを打ち消す。

 今日向かうのはクアリアの新市街。仕事関係の買い物と縁の無い場所だ。アリアはそれに会わせて服装を選択したに違いない。


「こうしてアリアさんと仕事以外の理由でクアリアに行くのは珍しいので楽しみです」

「私もですよー。せっかくですから、行ってみたいところがあるんですよー」

「それはもう、アリアさんのご希望通りに」

「よかったー。ありがとうございます」


 心地よい揺れと速度を提供する馬車の中で、町に着いてからのことを楽しく話すロイ。

 だが、彼は忘れていた。


 自分達がこうなるきっかけは、アリアが押してきてくれたからだということを。

 そもそもの主導権は、アリアにあるということを。


○○○


 クアリア新市街におけるアリアとの買い物……いわゆる一つのデートはロイにとって満足いくものだった。

 これといった物理的な収穫があったわけではないが、二人で楽しく町を歩くことができた。少なくとも、そう思っても良いくらいにはアリアは楽しそうだった。

 魔法陣ばかり書いていた魔法士にしては上出来。後は、タイミングを見て指輪を見せるだけ。

 楽しい時間が過ぎゆくと共に、ロイは徐々に決意を固めていった。


 その固めた決意が、今、どこに向けるべきかわからなくなりかけていた。


「それでですね、ロイ先生。そろそろ、私達の関係も進めてもいいんじゃないかと思うんですよ-」


 目の前に居るのは、可憐な姿のアリアだ。自分の行動のためか顔に赤みがさしている。恐らく、照れだろう。今日の彼女は酒を飲んでいない。

 その姿も大変魅力的だと思うロイだが、それ以上に動揺していた。


 いけません。先手を打たれてしまいました。


 二人で買い物を楽しんだところまでは良かった。しかし、その後に待っていた夕食が問題だった。

 

 アリアと共に訪れたのはクアリア中心地近くのちょっと高めのレストラン。既に話が通っていたのか、アリアの後ろについていくだけで個室に案内され、手間の掛かった料理の数々でもてなされた。


 歴史と品の良さを感じさせる、落ちついた雰囲気の室内。明かりの魔法具にまで微細な装飾が施されており、窓枠などと調和がとれていることから、同時期に発注されたことがわかるほどだ。

 

 アリアらしくない店の選択に驚いたが、多分これは聖竜領クアリア支部の面々による入れ知恵だろう。振り返ってみれば、最近アリアがドーレスと何度も話しているのを見かけた気がする。


 全ては、この時のための布石だったのだ。

 ロケーションまで用意してくるとは想定外である。というか、明らかに自分よりも用意がいい。


「ロイ先生は、まだ嫌ですか? たしかにお付き合いしてからは短いですけれど。付き合い自体は長いですし、私は良いと思うのですが」


 食後のお茶を飲んで、少し落ちついたかなと思った時に、アリアの方から切り出されたのである。

 すなわち、自分達の結婚とかその辺のことについて。


「あ、いえ、僕としても大変良いと思うのですが……」


 アリアの気持ちはとても嬉しい。これだって、ロイの方からのアプローチが難しいと気遣ってのことだろう。


 しかし、これで良いのだろうか? あんまり良くない気がする。ここで「はい」というのは簡単だし、願ったり叶ったりでもあるが、なんか押し切られて結婚したみたいな感じにならないだろうか。


 状況的には嬉しいが、複雑な気持ちになったロイの脳裏に、ある言葉が去来した。


『戦場では想定外のことが良くおきるものだ。そういう時は、当初の目的を思い出して行動するといい』


 そうだ。せめてここで自分の意志を示さなくては。今日はそのための外出なのだから。


「ちょ、ちょっと待ってください、アリアさん」

「あ、はいー」


 じっとこちらを見つめてくるアリアに言うと、ロイは近くに置かれた手荷物を慌ただしく探った。

 いつでも渡せるように入れて置いた小箱はすぐに見つかったので、それを大切に手に取って、彼女の方に持っていく。


「これはー?」

「僕の気持ちです。アリアさんに先をこされてしまいましたが。開けてください」

 

 ロイの頼みに答え、アリアがそっと小箱の蓋を開く。


「……わー」


 中身を見て。そっとそれを手に取ったアリアは、瞳を輝かせていた。


「アルマス様にも手伝って貰って、用意しました。もっと、良い感じに渡せれば良かったんですけれど」

「あのあの、つけてみても良いですかー?」

「ど、どうぞ」

 

 指輪を持ったアリアは、いそいそとそれを指に通す。

 土仕事で汚れたり皮が厚いと本人はいうが、人々の生活を支える素晴らしい手だと、ロイは思う。

 そこに、自分の関わった品が加わるのを見るのは、思いの他嬉しかった。


「ふふ……とっても嬉しいですー」

「良かったです。あの、今更ですけれど。その……僕と結婚していただいても?」


 遠慮がちに問いかけると、ロイの大切な人は瞳を潤ませながら、満面の笑みで頷いた。

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