第223話「今度、酒でも差し入れに持っていってやろう。」

 俺は久しぶりに森の中の自宅に帰っていた。今日も二人だが、一緒にいるのはアイノではない。


「いやー、大分遅くなっちゃって申し訳ないね。アルマス様なら最優先でもいいと思ったんだけれど」


「気にしなくていい。南部の仕事が最優先なのは俺にもわかるよ。正直、もっと遅くなると思ってたしな」


「とはいえ計画の方が具体化してるからね。あとは人と物をどう確保するかみたいなとこあるのさ。それに、ここの増築はずっと気になってたんだよ」


 室内のテーブル上に書類を広げてそう語るのは大工のスティーナだ。

 今日は我が家の増築についての相談である。彼女が多忙なのもあって、先延ばしになっていたこの計画も、ついに実行段階に入ったわけである。


「部屋は台所の向こうに増築。ちょっと変わった形になるし、森を少し切り開かないとだね」


 図面上、家に入って真っ直ぐの所にある台所の右奥に、新たな扉と増築部分が描かれている。言うまでも無く、アイノの部屋だ。


 俺の部屋は家に入ってすぐ左側にある。建物としては、左と右奥側にそれぞれ部屋が突き出る形になるが、それが今回の俺の依頼なので問題は無い。


「家族とはいえアイノも女性だからな。俺の部屋と離しておきたい。これでお願いするよ」


「妹さんに優しいねぇ。了解だよ。これだと妹さんの部屋の更に隣に部屋を作るとか、もっと増築できるかもね」


「更に増築か。必要ならいっそ立て替えも考えるべきかな」


「それもありだねぇ。この建物だって、始めの頃に結構急ぎで作ったものだし。今ならちょっとしたお屋敷だって作れるんじゃない?」


 俺の発言にスティーナは結構乗り気だ。

 屋敷といっても住むのが俺とアイノの二人だけでは確実に持て余す。使用人を雇うような暮らしはするつもりはないし、その気になれば食事すら必要ない俺が屋敷を構えることに果たして意味はあるのだろうか。


「とりあえずは、今の話を進めよう。特に問題なければ、このままやってくれ。必要なことがあれば適時金も力も出す」


「ありがたいねぇ。資材運びなんかのゴーレムだとか、その辺りをお願いしたいかな。あと、主に担当するのはゼッテルとビリエルの二人になるけれど」


 今や立派な大工として活動している元護衛の二人が担当か。これは安心だ。付き合いが長いのもあって信頼できる。


「問題ない。二人とも、立派に育ったな」


「まぁね。ああ見えて、あたしよりエルフ達と仲良くなったりでなかなかやるもんだよ。もちろん、腕の方も保証しておくよ」


「そういえば、エルフの診療所や店は二人の担当だったな」


 里に作られたルゼの診療所とエルフの店は、種族のイメージを優先したのか、巨木を思わせるデザインの建物になっている。たしか、基本はリリアが仕事の合間に描いて、作業は二人だったはずだ。店は好評で、建物にも特に問題が発生したと聞いたことはない。


 あの二人が真面目に働くことは俺も良く知っている。最初は慣れなかった大工仕事だが、それでも黙々と励んでいた。なかなかできることではない。


「冬の間にある程度作業を進めておいた方がいいな。ゴーレムで木を切ったり整地したりをしておこう。範囲を教えてくれ」


「そこもあの二人にやらせちゃおう。どうせなら最初からアルマス様と協力してた方が話が早そうだから」


「木材の方はどうするんだ? 必要なら今のうちに魔法で乾燥させておくが」


「今この領地には材料は沢山入ってくるから大丈夫だよ。冬の内に加工を済ませておこう。春になったらいっきに建築だね」


「それは楽しみだな」


 そんな風に、俺達は春に向けての建築計画を話し合う。


 はっきり言うと、こういうのはとても楽しい。自分の生活と密接に関わっているからだろう。話しているうちに夢が広がってしまう。今回は部屋だけ。そんなことを自分に言い聞かせながら話を進める。


「ところで、アルマス様の方は仕事は平気なのかい?」


 話がまとまりかけたところで、スティーナにそんなことを聞かれた。


「俺の方は問題ないよ。アイノの生活も少し落ちつきそうだしな。強いて気になるなら、皇帝来訪についてだな」


「皇帝陛下、今年も来るんだね……」


 あからさまに渋い顔をするスティーナ。リリアと一緒に仕事をしている以上、接触は避けられない立場なのがわかっているためだ。偉い人と会うことが多くなって多少慣れているだろうが、皇帝は別格と言うことだろう。


「近いうちに臨時の領地会議が開かれるはずだ。そこで詳しく対応策についてサンドラから話があるよ」


「おかげさまで生活は安定しているとはいえ、なかなか大変だねぇ」


 これからのことを想像したのか、過労気味の女大工はしみじみとそう口にした。

 今度、酒でも差し入れに持っていってやろう。


 

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