第175話「軽く釘を刺しておくが、これ以上の深追いを俺はしなかった。」
サンドラ達と農家の辺りを歩いた後、俺はなんとなく広場に向かった。
そこには聖竜様の像が置かれている。
俺は特に用件がなくとも、一日一回ここの石像を確認することにしている。
眷属である俺はいつでも聖竜様と話ができるとはいえ、この石像は特別だ。汚れていたりするとちょっと悲しいためだ。
幸い、聖竜領の皆も同じ気持ちのようで聖竜様の像と祠はいつも綺麗にされている。
今日も特に理由もなく、日課をこなす感覚で石像の方に行ったら見慣れた人影があった。
「ロイ先生。なにをしているんだ?」
「あ、アルマス様っ。おはようございます」
そこにいたのはロイ先生だった。話しかける前、何やら真剣な顔で小さな箱を祠に供えていた。
「ちょっと、珍しいお菓子が手に入りましてね。聖竜様にもおすそわけです」
わざとらしいくらい落ち着き払った動作でこちらを見ながら、ロイ先生は言う。
言葉に嘘はないようで、供えた箱は光に包まれて聖竜様の領域へと消えていった。
「聖竜様を敬ってもらうのはありがたいが、そういうのはアリアにあげた方がいいんじゃないか?」
アリアはよく動きよく食べる。お菓子の類も好きで、たまにトゥルーズに何か頼み込んでいる場面を見かけることすらある。
「も、もちろん。アリアさんの分も用意してありますとも」
ちょっと慌て気味にロイ先生は言った。
ふむ、これはなにかあるな。
さて、どうするか。個人的なことに無遠慮に踏み込むのはあまり良くないかな。
『ロイ先生はのう。アリアとでかけたり二人きりになることがあると、こうして何か供えてくれるんじゃよ』
『そんなことが……』
『とはいえ、ワシは恋愛成就とかできんからの。よくわからんし。なんか申し訳ないのじゃ』
台無しである。
だがまあ、気休めでもいいから応援すべきだろう。
「ロイ先生。きっと聖竜様の加護があるぞ」
「今、聖竜様とお話して全部聞きました?」
「いや、わかったのはアリアと何かあるときにお供えするくらいなんだが……」
「すべて筒抜け……。いえ、いいんですが」
図らずもプライバシーに踏み込んでしまった。聖竜様が話しかけて来たからだ。
「まあ、なんだ。聖竜様も応援してるそうだし。俺もできることなら力になろう」
「本当ですか? アリアさんとクアリアに行った時、仕事に必要な買い物以外にどこにいけばいい感じになると思いますか?」
いきなり具体的な質問が来た。しかし、いい感じとはなんだろうか。よくわからない。
「…………」
「すいません。難しい質問でしたね」
「いやちょっと待ってくれ。過去の経験から何か思い出す」
そう、俺も四百年以上前は人間として多くの人々と交流した。自分自身に恋愛のアレコレはなかったが、近くでそういう光景は目撃してきたはずだ。殆ど戦争してたけど。
「……昔、部隊にいた男が、えらく女性のもてていたな。公私ともに配慮が行き届いていて……顔が良かった」
「最後の一言で台無しですよ」
「あとは戦場で命を救った女性と最終的に結婚までいった同僚がいたぞ。だからロイ先生がアリアの命を救えば自然と……」
「聖竜領で生命の危機はなかなか起きないと思うんですが」
その通りだ。なにかあったら俺が防ぐし。
「あとは……えーと……そうだ、ダニー・ダンに相談するというのはどうだろうか?」
ダニー・ダン。聖竜領において農家以外では珍しい妻帯者だ。ロイ先生も気安く話せるだろうし、相談役として申し分ない。
「たしかに、ダニーさんは頼りになりそうですね」
納得のいく人選だったらしく、ロイ先生はうんうんと頷く。
「ああ、経験豊富な商人だしな。俺よりも有用な情報をもたらしてくれるだろう」
『自分の手に負えないからって、うまいこと投げることに成功したのう』
聖竜様の指摘は聞こえなかったことにする。
「ありがとうございます。後ほどこっそりダニーさんに相談してみます。……ところで、僕とアリアさんのことって、話したことありますっけ?」
俺に頭を下げつつそんなことを聞くロイ先生。
「多分、聖竜領の全員が気づいてると思うぞ」
俺はつとめて穏やかにそう言った。当人達以外は全員知っている事実だ。あえて触れないけど。
「そう……ですか……。ありがとうございます……」
自分の態度がバレバレだったことが衝撃だったのか、ロイ先生はちょっと黄昏れながらその場を去って行った。
広場からロイ先生が消えたのを確認して、俺は近くに積まれている荷箱の方に声をかける。
「もう出てきてもいいぞ、リーラ」
「……気づいていましたか」
そんな言葉と共に深紅のメイド服姿の女性が現れた。
言うまでも無く、リーラである。ロイ先生は気づかなかったが、話の途中から彼女は物陰に潜んで様子を窺っていたのである。
「いつもそんなことをしているのか?」
「情報収集も戦闘メイドの仕事ですから」
「……そうか、仕事なら仕方ないな」
あまり追求すると面倒そうなので流しておく。害になることはしないだろうし。
「アルマス様、見事な采配でした。下手にけしかけずに適切な相談役への誘導、理想的です。これでロイ先生とアリアの関係にも新たな変化が期待できるでしょう」
心なしか楽しそうな声音でリーラが言った。しかも早口で。
「楽しそうなのは結構だが。ほどほどにな」
「もちろんですとも」
軽く釘を刺しておくが、これ以上の深追いを俺はしなかった。
しばらくたったら、リーラからロイ先生達の関係の進捗を聞こうと思ったからである。
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