第176話「俺とエルミアが楽しく話す横で、マイアが怪訝な顔をして言った。」
夏のある日、日差しがすっかり高くなった頃。俺はエルミアの鍛冶場を訪れていた。
大した用件ではない。ハリアの輸送でエルミア宛の荷物があったので、手が空いている俺が届けることになったのだ。
エルミアの鍛冶場は聖竜領の賑わいに比例して忙しくなっており、炉の火が入らない日はないくらいになっている。
いつも鍛冶場の近くにいくと槌の音が聞こえるものだが、今は静かだった。
「アルマスだ。ハリアの運んだ荷物を届けに来た」
「あ、入ってくださいですだ!」
軽くノックしてから言うと元気よく返事が返ってきた。仕事中の彼女は調子が良いらしく、お茶をしながら話す時よりも大分快活な口調になる。
「ちょうど休憩中だったみたいだな」
ドアを開けると打ち合わせ用の部屋でエルミアが椅子に座っていた。机の上には大量の書類がある。奥の工房にいたら返事がないことも珍しくないのだが、今日は随分とタイミングが良い。
「はい。リリアさんからの計画書で必要なものがあるみたいで。読んでたですだ」
聖竜領の鍛冶は彼女一人だ。リリアの南部開発に関わらずにはいられない。
「あまりにも忙しかったらクアリアの方に仕事を投げた方がいいと思うぞ。無理は良くない」
「ありがとうございますだ。でも、色々と面白い仕事もありそうなので、ちょっと頑張ってみますだ」
「そうか。それは良かった」
最初に会った時からは想像もできない前向きな受け答えをされれば、俺も笑顔で答えるしかない。彼女なりに満足できるところまでやるといいだろう。
「アルマス様。荷物というのはそれですか?」
「む。そうだ。蓋に『超高級品 取扱注意』と沢山書かれていてな。誰が運ぶかでちょっと揉めたんで俺が持ってくることになった」
そう言って、俺は小さめの木箱を机の上に置いた。木製ながら頑丈な作りで、素材の関係か結構重い。蓋の上には注意を促す文字が十個以上書き込まれている。
「差出人はロジェだ」
帝国五剣にしてマイアの祖父の名前を挙げると、エルミアの表情がぱっと輝いた。
「あ、わかりましただ! つ、ついに来ただよ……っ」
いいながら近くに転がっていた手製の工具を手に、箱を開けに掛かる。慎重ながらも手早い動作で蓋が開くと中が明らかになった。
「……これは。魔石だな?」
分厚い木製の箱の中には柔らかい布が詰められ、真ん中辺りに五つほど宝石のような石が納められていた。
眷属としての俺の目にはそれらが強い魔力を内包していることがわかる。
強力な魔物の体内からとれる魔石であることは間違いない。
「はいですだ。ちょっと事情があって、魔石を送るからこれで魔剣を打つように頼まれてましただ」
言いながら、そっと蓋を閉めるエルミア。その手はわずかに震えていた。
魔剣を打てる鍛冶師は魔石を使い、より強力な魔剣を生み出すことができる。彼女にとって新たな局面というわけだ。
ところで事情というのはなんだろうか。
そう問いかけようとしたところで、部屋のドアが勢いよく開いた。
「先ほどのハリアの荷物に例のものがあったと見て来ました! アルマス様、こんにちは!」
必要以上に元気に入ってきたのはマイアだった。
「こんにちは。仕事はいいのか?」
「平気です! 今日は護衛の仕事はありませんので!」
そう言いながらマイアはエルミアが閉じたばかりの箱を目敏く発見。近くまで寄ってくる。
「これですね。お爺様が送ってくれた魔石は。どうでしたか!?」
「見ての通り。立派なものですだよ」
エルミアは軽く笑みを浮かべながらもう一度蓋を開ける。マイアはそれをじっくりと見て軽くため息をついた。
「あれだけ氷結山脈の魔物を狩っても入手できなかった魔石を五つも……。さすがはお爺様です」
「こういうのは伝手があるロジェの方が入手しやすいだろうな」
「で、でも大変だったと思いますだ。魔石は市場に出回りにくいし、噂の段階で権力者が確保しちゃうと聞いてますだ」
「権力者か……。この国で一番の人物を使ったのかも知れないな」
「さすがはお爺様です。手段は選ばない」
マイアは自慢気に頷いているのだが、これは結構無理をしたんじゃないだろうか。
「それで、これで魔剣を打たなきゃならない事情ってなんだ?」
「実は、秋の終わり頃に帝都の方で剣術大会があるのです。腕試しもかねてそれに出場するようにお爺様から言われまして」
「なるほど。それで使うための魔剣か」
「そうですだ。責任重大で槌を持つ手が震えるだよ」
実際に少し声をふるさせつつ、再び箱の蓋を閉めつつエルミアが言う。
「今の私は聖竜領の剣士マイアですからね。この地のためにも無様な試合はできません!」
そう宣言する横でエルミアが軽くすくみあがった。あんまりストレスをかけない方がいいと思うんだが。
「そうか。聖竜領の代表か。……いっそ俺が剣に魔法をかけておくか?」
そうすれば、どんな武器を相手にしてもひけをとることはないだろう。
しかし、俺の提案に対してマイアとエルミアは揃って首を振った。
「いえ、今回は私の剣術とエルミアの魔剣で挑みたいのです。もちろん、恥ずかしい姿は晒しません!」
「あ、あだしもちゃんとした魔剣を作るだよ。上手くできたらロジェ様も使うって言ってただ!」
「……ちゃっかりしてますね、お爺様は」
断られたのはちょっと驚いたが、二人の楽しそうな様子を見て納得だ。これは彼女達の挑戦なのだ。なら、俺はそれを応援するに留めよう。
「そういうことなら、手出しはやめておこう。どうしても困ったら、何か言ってくれ」
「ありがとうございます!」
「ありがとうですだ」
荷物を運んだだけなのに、何故か二人に礼を言われてしまったのだった。
用件は済んだので帰ろうと思ったところで、机の上にある銀の細工物が目に入った。
小さな宝石がはまった、首飾りの一部だろうか?
「こんな細工も作るんだな」
「ああ、それはロイ先生からの頼まれものですだ。なんでも、色々相談した結果、アリアさんに贈り物をしたいという風になったみたいですだよ」
この手の話題は嫌いではないらしく、軽く弾んだ口調でエルミアが言う。
「ロイ先生もいよいよことを進める気だな……」
「結果が楽しみですだよ」
「あのー? お二人はなんの話をしているのでしょうか?」
俺とエルミアが楽しく話す横で、マイアが怪訝な顔をして言った。
「形はどうあれ、皆、それぞれの道を進んでいるということだな」
説明はせずに、俺はそれらしいことを言って、鍛冶場を去ったのだった。
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