第151話「俺はしばらく聖竜様との話を楽しみながら、屋敷へと向かって歩く。」
サンドラの父の来訪以降は順調に時間が過ぎ、雪も殆ど溶けて、春の訪れを感じさせるようになった頃。
再びエルフ村で料理修業に行っていたトゥルーズが帰ってきた。
「ただいま、アルマス様。……畑仕事の準備?」
「おかえりトゥルーズ。ああ、手始めに屋敷周辺の畑を掘り返している。ちょっとした練習も兼ねてな」
俺達の前ではゴーレムを使って畑を掘り返す農家の皆さんが見えた。それを監督するのはアリアとロイ先生だ。聖竜領名物のゴーレムを使った作業のコツを思い出して貰うのが狙いである。
順調にいけば、農家の人々が自分の農地を耕すことになるだろう。
「この光景も見慣れてきましたねぇ」
そう呟いたのはトゥルーズに伴ってついてきたルゼだった。
「なにか用件か? 冬の間はたまに南部に顔を出すくらいだったようだが」
「ええ、せっかくですから、エルフ村の今後について考えておりました。トゥルーズさんのおかげで人間向け料理も学べたことですし。エルフの料理店についての相談と。それと、簡単な薬を卸せないかもですね」
「薬か? 聖竜領で獲れた薬草を利用したものかな?」
「そうです。効き目は確かですし、扱いが難しくないものならば良いかなと思いまして。価値あるものになると思います。それにあわせて、里の者に指導を行って後任の育成を行います」
「随分と本格的だな」
「……自分の代わりの者を作るのが、自由な時間を作る第一歩だと気づきましたので。なんならウイルドのエルフ達に連絡して、人を増やします」
ルゼは自分に正直なエルフだった。聖竜領にとっても有り難い決意だが、人材育成は大変だ。しばらく彼女も忙しくなるだろう。
「指導は大変だろうが、きっとここに良いことをもたらすだろう。なにかあれば俺も協力しよう」
「是非ともお願いします。せっかくですから、ここを良い場所にしていきましょう」
笑顔でそう告げると、ルゼはトゥルーズと共に屋敷へと向かっていった。
これからは屋敷ではトゥルーズの手でひと味違った料理が作られることだろう。上手くタイミングをはかってお邪魔するようにしよう。
とりあえず今夜は屋敷でいいかな、と考えていると今度はハリアがやってきた。
冬の間は南部の調整に専念していた彼は、変わらぬ様子でふわふわ浮かんで近寄ってくると、楽しげに話しかけてくる。
「こんにちは。アルマス様。もう春だね」
「ああ、きっと南も賑やかになるだろう。冬の間は世話をかけたな」
「きにしないで。それがぼくの仕事だから。きょうはお散歩がてら、ほうこくにきたよ」
「なにかあったのか?」
「スティーナが、近いうちに小屋の材料を川に流すって。建築再開だね」
「道路工事の再開準備だな。クアリアからも人員がそろそろ追加で来るはずだ」
今はのんびりとゴーレムの農作業を眺めていた俺だが、すぐに忙しくなりそうだ。まずは南部の各地に作業小屋の建設。道路工事の完遂。それから、南部の整備。聖竜領内での建築工事や農作業だってある。
それに、なにがしかの問題だって起こるだろう。一つ一つ、順番に対処していくとしよう。
「じゃ、ぼくは酒場にいくね。ひさしぶりー」
「ああ、ゆっくりしていくといい」
これからの仕事へ鋭気を養うつもりなのだろう。ハリアは酒場へと向かっていった。
『冬に間に、サンドラと父親のことにある程度結着がついて良かったのう。これで心置きなく春を迎えられるぞい』
ゆっくりと浮かんで去る姿を眺めていたら、聖竜様が話しかけてきた。口調はいつものように明るい。サンドラ親子がぎこちないながらも和解したのを喜んでるようだ。
『そういえば聖竜様。ヘレウスが来たとき、全然接触して来ませんでしたね』
『ぐ……。いやほら、ワシは竜じゃからな。人間同士の心の機微とかよくわからんし。あの親子関係を見て上手いこと言うのとか難しいじゃろ』
『たしかにそうですが、せめて俺に助言の一つもして欲しかったですね』
『応援はしておったよ。心の中でじゃが』
ちょっと小声で聖竜様がそんなことを言ってきた。部下のモチベーションのためにも、今後は是非とも声に出して応援して欲しい。
『ともあれ、これでサンドラのことが一段落したのは確かです。あとはアイノが戻ってくれば完璧ですよ』
『うむ。お主が先日手に入れた魔法書じゃが。あれが上手いこといけば、アイノの治療は更に早まるじゃろうな』
『聖竜様のお墨付きとは心強いですね。頑張りますよ』
『そう言うとお主は寝ないで作業し続けそうで心配じゃ。竜の肉体とはいえ、無理するでないぞ。それに、アイノの治療は十分早まっておるんじゃからな』
昨年調べた魔法施設を解析した結果、聖竜様によるアイノの治療はすでに早まっている。
焦るのはよくないということだろう。その通りだ。最後の瞬間こそ、慎重に行きたい。
『そうだ。トゥルーズがエルフ村で作ったお菓子でもないか聞いてみましょうか。あとで石像に供えに行きますよ』
俺がゴーレムを使った農作業を見守っていたのは、半分は時間つぶしだ。仕事自体はアリアとロイ先生で事足りる。屋敷に向かっても問題ないだろう。
『おお、それは楽しみじゃ。今年は聖竜領内に店が増えるといいのう。色々食べるのが楽しみじゃ』
『楽しみが多いのは良いことだと思います』
俺はしばらく聖竜様との話を楽しみながら、屋敷へと向かって歩く。
冬とは違う、暖かい空気と日差しを受けて、緑芽吹く聖竜領の景色の中を。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます