第84話「俺を見た瞬間に失神しなければいいが」

 クロード達と話をした後、俺達はそれぞれの部屋に案内された。

 サンドラと俺の部屋は隣同士だ。当然、近くにサンドラの実家関係者がいないように配慮されている。それどころか、スルホとシュルビアの部屋の方が近いくらいだ。


 部屋に案内されて休憩と夕食をとった後、スルホに呼び出された。

 場所は応接では無くシュルビアにあてがわれた一室だ。彼女がお茶会を開くに使っているという場所で、落ち着いた雰囲気に整えられた小さな部屋だった。

 城の使用人に案内されて中に入ると、そこにはスルホとシュルビアがいた。

 すでに茶や菓子類が用意されており、お茶会の準備は完了している。


「ようこそ、夜のお茶会へ。さあ、入って」


「お久しぶりです。すいません、準備が忙しくてなかなかお会いできず」


 部屋の主に促されて俺達は着席する。

 手際よくカップとお茶が用意され、自然と話が始まった。


「二人とも時間は大丈夫なのか? 詳しくないが準備が色々あるのだろう」


 シュルビアはスルホのところに嫁ぐとはいえ、第二副帝の娘だ。式はお祭り騒ぎになる。


「いくら顔見知りとはいえ俺達と会う時間などないと思っていたのだが」


「準備そのものは大分前からしていましたから。むしろ、遠方よりいらっしゃった方々への挨拶が大変なくらいでして」


「わたし達を呼んだのもその一環ということね」


「そういうことにしてあるの。本当は楽しくお話したかっただけ」


「楽しい話か。自信がないな……」


「アルマス殿は普通に話してくれるだけで楽しいお話になりますよ」


「たしかに、聖竜領で起きたことを本にしたらさぞ話題になるでしょうね」


 そういうものか? と俺が訝しんでいると隣のサンドラが真剣な顔でぶつぶつ何か言い出した。


「そうか……。聖竜領の記録を面白おかしく本にして売り出せば収入に……」


 また仕事のことを考えているな。あとその本、本気で出すなら出版前に念入りにチェックさせてもらう。


「先に仕事の話をしてしまいましょう。以前、手紙でサンドラの二番目の兄、セドリック・エヴェリーナについて触れましたね。彼もここに来ています。中央の若手貴族グループの一員としてね」


 サンドラの二番目の兄、セドリックは大柄な男だそうだ。武で身を立てそうなタイプに見えながら案外そうでもないらしい。また、意外と立ち回りが上手く、自分の立ち位置をいつの間にか確保しているような人物だとサンドラは言っていた。


「中央の若手貴族グループか……」


 俺がそう言うと、スルホが飲んでいた紅茶をテーブル上に置いてから話し始めた。


「彼らのグループは貴族の次男、三男などで集まっているようです。将来、家は継がないけれど何らかの商売や立場を任される、そんな人達が顔を通すために集まって活動するのは珍しいことではありません。この場合問題なのは、サンドラが目を付けられていることです」


「……うわべの情報だけを見れば有力な新興領地を始めたばかりの若く力の無い領主に見えるだろうからな」


 聖竜領は人が入ってきてまだ一年だ。その間に相当大きな変化があったし、サンドラの地盤とも言えるものも大分固まりつつある。

 だが、書類上や噂話で聖竜領を知った者からすれば、力の弱い新興領地に見えるだろう。

 しかも領主は追放同然に家を出た十三才の少女だ。

 第二副帝が目を付けていることに何らかの利益を見出し、付け入る隙を窺うものは多そうだ。


「アルマスの懸念のとおりよ。セドリック兄様からすれば、聖竜領に手出しできれば自分にとってこの上ない手柄になる。問題は、わたしをどの程度警戒しているかだけれど……」


「私も挨拶はしましたが、短いものでしたのでさすがにそこを見抜くことはできませんでした。ただ、中央の若手貴族に帝国東部で一旗揚げようと考えている節はあるようです」


 穏やかながらも観察眼を感じさせられるシュルビアに、スルホが話を捕捉する。


「中央はもはや有力貴族で力関係が動かしがたいくらい固まっているからね。自由に動ける

こちらで名を上げようと考えるのは珍しい話じゃない」


 わかる話だ。そして、聖竜領は格好の標的になるような話でもある。


「既に聖竜領は第二副帝に認められている、そこを利用して上手くセドリックという奴を拒否できないか?」


「できるとは思う。聖竜領はクアリア以外の領地と接していないから周囲のことに気を使う必要は無いし。収入的にはこの数年を乗り切れば大分安定するとは思う。クロード様も頼れるし。相手が同じエヴェリーナ家でなければもっと簡単なのだけれど……」


 前向きな条件を並べながらもサンドラは難しい顔をしていた。


「何を悩んでいるんだ? あまり問題がないように思えるんだが」


「上手に断るのが難しいの。余計なことをするなと追い払うのは簡単だけれど、セドリック兄様も含めて、全員帝国にいる貴族なのよ。今後も付き合いが続くことを考えると必要以上に関係を悪化させるのは好ましくない」


 どうやら、無闇に敵を増やすべきではないというのがサンドラの考えであるようだ。以前やってきた姉のデジレ・エヴェリーナのように単独ならば簡単に追い払えるのだが、今回は他にも仲間がいるのが厄介と言うことだな。


「理想的なのは少しずつサンドラの味方を増やしていくことだと思うのだけど。事態の方が早く進んでしまったものね。私達も力になりたいのだけれど……」


「二人は式の主役だから無理だろう。ここは、どうにか自力で切り抜けるか」


 何か手はないかと考えてテーブル上のお茶に手を出していないことに気づいた。カップを手に取り、少し温くなった紅茶に口を付けた。美味い。並んでいる菓子類も美味しそうだからちゃんと頂こう。


「参考になるかわかりませんが。東部で若手貴族からの誘いを断った者がいます。そちらと話をできるように取りはからってありますので、話を聞いてみるといいでしょう」


「ほう。そんな者が」


 話に聞く限り、無下にすると面倒になるような相手だ。それをあえて実行する骨のある者がいるとはな。


「その人物とは、ウイルド領の領主ヤイラン。貴方達もよく知っている相手です」


「ウイルド領が……? どうして?」


 懐かしい名前にサンドラが驚きを隠さずに疑問を口にした。

 昨年の小競り合いで俺達に痛い目に遭わされてからどうなったかと思えば、こんな所で名前を聞くことになるとは思わなかった。


「会ってくれるのか?」


「アルマス殿の名前を出したら震え上がって協力を約束してくれましたよ。彼の行動の真意は直接聞くと良いでしょう。僕達よりも有益な情報をもたらしてくれると思います」


 なんだかヤイランには強烈なトラウマを植え付けてしまったようだ。俺を見た瞬間に失神しなければいいが。

 ともあれ、これで次の方針は決まったな。情報は大事だ、できる限り集めよう。


「さ、難しい話はこれで一度終わりにしましょう。時間はあまりないけど、サンドラの領地の出来事を話してちょうだい。お父様が楽しそうに話すものだから、気になってしかたないの」


 場の雰囲気を察したシュルビアの明るい声に、俺達は即座に同意した。

 それからしばらく、聖竜領のあれこれを話す時間になったのだった。


 その間、シュルビアからは笑顔が絶えなかった。もちろん、スルホとサンドラもだ。


 彼女が明るく笑えるようになっただけでも、昨年力を貸した甲斐があったというものだ。

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