第85話「この主従は問題ありだ……」

「お久しぶりね、ヤイラン。たまに手紙のやり取りをしていたけれど、元気そうね」


「おかげさまでな」


「少し痩せたようだな。ちゃんと食べてるか?」


「ひぃっ! ちょ、ちょっとアルマス様は俺から距離をとってくれませんかね!? 同じ部屋にいるだけで脂汗が……っ」


「精神に傷を負わせてしまったか。まあ、戦場ではよくあることだ……」


 ヤイランの身に降りかかった悲しい現実を前に俺は一人頷いた。

 東都に到着した翌日、俺達は早速ヤイランと面会することにした。

 情報をもらう立場なのでこちらから出向くと大きな部屋に通された。ウイルド領は大所帯だ、連れのものも多く結構な数の部屋を使っているらしい。

 今いる部屋もヤイランを中心に十人近い彼の側近が並んでいる。見た感じ、中には武術の達人もいるようだ。


「もしかして、俺を警戒しているのか? 必要がなければ争わないぞ?」


 それと意味が無い。俺とリーラの方が戦力的に上だ。


「わかってる。ただ、こうでもしないと安心できないだけだ。……もう武器を見せびらかすような真似はやめたよ」


「そうね。貴方の評判、あれから結構よくなってるわ。普通に領地経営するようになったし、なんだか落ち着いたって」


「死ぬような目に遭えば人間変わりもする。俺だって反省くらいはできる」


 ちょっといじけたような物言いだが、ヤイランの言葉や態度には以前にはない謙虚さと落ち着きがあった。あの戦いの後、彼なりに変わることが出来たと言うことか。

 どうやら、良いことをしたようだな、俺は。


「悪いが手短に話をさせてもらうぞ。そちらの聖竜の眷属を見ていると変な汗がでてくる。聞きたいことはお前の義理の兄もいる中央の若手貴族のことだろう?」


「ええ、あなたは誘いを断ったというけれど、なぜ?」


「気に入らんからだ」


 吐き捨てるようにヤイランはいった。はっきりと嫌悪が混ざった物言いだ。それほど嫌な連中なのだろうか。

 流石に説明が必要だとわかっているのか、ヤイランは言葉を続ける。


「中央の貴族は東部を辺境の遅れた地だとして見下している。実際、新しいものが発信されるのは中央だから否定はできんのだが、連中はそれが顕著でな。施しを与えてやるみたいな態度が気に入らんから断った」


「大丈夫なのか? 有力な家のものいると聞いたが」


「問題はない。ウイルドは自力で生きていけるし、必要なら自力で中央から人材を連れてくればいい」


「流石、歴史ある領地は違うわね」


「お前たちはどうする気だ? そちらも自力でどうにかやっていけるように見えるが」


 言葉の割にあまり興味がなさそうな態度でヤイランは聞いてきた。現在、聖竜領とウイルド領は若干の交易があるが関係は深くない。それほど大事な相手ではないし、親身になるほどの義理はないだろう。


「サンドラ、どうするんだ?」


「保留ね。実際に会ってみてから考えることにする。でも、あなたからの情報はとても参考になったわ。ありがとう」


 そういうとサンドラは席を立った。俺もそれに続く。


「それでは、失礼するわ」


「そうか。では、またな」


「またっ! 次があると!? おああああああ!!」


「ヤイラン様! ヤイラン様!! 気をしっかり!」


 普通に挨拶をしただけなのにヤイランが変な動きをし始めたので、俺達はそそくさと部屋を辞した。


○○○


「ヤイランはなかなか大変なことになっていたな、気の毒に」


「あなたが原因だと思うんだけれど。でも、長年武器を振りかざして好き放題していた報いよ、いい気味じゃない」


「心の深くに傷を負っていましたから、良い薬になったのではないかと」


 自分達の部屋の中を歩きながら、先ほどのヤイランを心配すると、サンドラとリーラが容赦ない感想を述べてくれた。まあ、周囲に迷惑をかけなくなっていそうだし良しとしよう。


「聖竜領の方は大丈夫でしょうか? 少々、気になりますね」


 ふと思い出したようにリーラが言った。彼女もメイド長として部下を多く置いてきている。こうも離れていれば気になるだろう。


「ちょっと聖竜様に聞いてみるか……」


 立ち止まり、俺は精神を集中して、聖竜様に呼びかける。


『聖竜様。聖竜領はどうですか?』


 返事はすぐに来た。


『ああ、順調みたいじゃよ。特に問題も無く工事が続いておるのう。スティーナとかが子供のために空いた土地に遊具とか置きはじめたくらいじゃ』


 聞くだけで聖竜領の平和な光景が想像できた。


『そっちは都会みたいじゃのう。城以外もいってくれんか? ワシが楽しい』


『わかりました。帰る前に土産を買っていきます』


『うむ。ワシも時々都会の景色を楽しませてもらうのじゃ』


 聖竜様は時々俺を通して景色を見ている。見慣れない物を見るのが好きな方だから、その辺を散歩するだけでも満足してくれるだろう。


「聖竜様に確認した。聖竜領は問題ないそうだ」


 短いやり取りを終えてサンドラ達に伝えると、二人はほっとした顔をした。

 

「サンドラ・エヴェリーナ?」


 再び部屋に向かおうとしたところで、唐突にそんな言葉をかけられた。

 声のした方を見れば、赤い髪の少女がそこにいた。

 サンドラより少し年上だろう。背中まで伸ばした赤髪が綺麗に波打ち。緑色の瞳は驚きに満ちている。 


「……マノン・セガリエベ。お久しぶりね。どうしてこちらに?」


 一瞬だけ逡巡したサンドラだが、すぐに穏やかに対応を始めた。お客様用の話し方だ。


「貴方のお兄様と一緒に来ているのよ。まさか、こんなに早く会うなんて……」


 マノンと呼ばれた少女はこちらに近づいてきて一礼。それから品の良い笑みを浮かべると自己紹介を始める。


「はじめまして。マノン・セガリエベと申します。帝都にいるころはサンドラの学友として御世話になっていました……そう、とても……」


 なんだか拳を震わせながらの挨拶だった。これは何かあったな。


「アルマス・ウィフネンだ。サンドラの……協力者といったところか」


「存じております。聖竜領の賢者ですね。お会いできて光栄です」


 既に俺の存在は知っていたらしい。これはつまり、帝都の貴族間でも俺のことは知れ渡っていると言うことだろう。


「それで何の用かしら、マノン」


 警戒心も顕わにサンドラが聞く。義兄の関係者と聞けばそうもなる。


「友達を見かけて声をかけるのはおかしなことじゃないでしょう。それも、いきなり帝都からいなくなったのよ、あなたは。心配していたんだから。ちゃんと生活はできているの?」


 見てわかる警戒心をよそにマノンは当たり前のようにそう聞いた。どうも本気で心配していたようだ。

 だが、それに対するサンドラの反応は意外なものだった。


「……とも……だち? わたし達、そんな関係だったかしら……?」


「な……っ。いつも学業で競い、調べ物とか一緒にしたりしてたじゃないの!」


「競う? 負けた記憶がないのだけれど。調べ物を一緒にしていたのは効率が良かったからだと……」


「ぐ……な……なんてことを……?」


「ごめんなさい。なにか、失望させてしまったみたいね」

 

 申し訳なさそうに言うサンドラの微笑がマノンにとどめを刺した。涙目だ。

 これは……サンドラの学生生活に問題があったような気がするぞ。


「リーラ、なんとかしてやれ」


「なんとかと言われましても……」


 リーラすらも手を出しかねていた。どうすればいい、この状況。


「くっ……。貴方がこういう性格だというのをすっかり忘れていましたわ。セドリック様を中心に中央からの貴族は聖竜領に目を付けています。血の気の多い者もいるから気を付けるのね!」


 そう言い残すとマノンは涙目で走り去ろうとして振り返る。

 そこをサンドラが手を掴んで押しとどめた。


「警告してくれるのね。マノン、ありがとう」


「…………っ!?」


 何かを返すでも無く顔を赤くしたマノンはそのまま走り去った。


「サンドラに友人がいたとはな」


「ええ、私も驚きです。お嬢様に友達ができるとは」


 なんだか感動しているリーラの横で、右手を掴む形にしたままのサンドラが「……友達?」と呟いた。

 この主従は問題ありだ……。

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