第81話「マイアは最強とか無双とかいう言葉が好きだからな」」

 夏が近き、聖竜領の春の大工事もどうにか一段落つきそうになった頃、サンドラが会議のために人を集めた。

 今回も会場は領主の屋敷にある食堂だ。集まっているのは大体いつもの面々だが、人口が増えてきたこともあってそろそろ手狭になってきた。

 いつもように全員で夕食を終えてから、サンドラが前に出て会議は始まった。


「みんな、お疲れ様。こうして元気に揃ってくれてとてもうれしい。……この春は忙しかったから」


「…………」


 その言葉に全員がそれぞれの反応で同意した。全員が大体元気そうだが、少しずつ疲れがのぞいているようにも見える。


「まずは現状の確認ね。聖竜領内の仕事はだいたい目処がついたみたい。あとは森の中の工房建設が中心になるわ。いつもなら新しい何かをというところなんだけれど、今回は現状のまま作業を続けることになると思う」


「思う……とはどういうことでしょうか?」


 全員の疑問を代表するようにロイ先生が言った。サンドラがこういう言い方をするのは珍しいので、同じ考えの者も多いだろう。


「実は、もうすぐスルホとシュルビア姉様の結婚式があるの。わたしとアルマスはそれに呼ばれたの。場所は東都よ」

 

 その言葉に室内の全員がどよめいた。


「けっこん? アルマス様、都会にいくの?」


「ああ、東都というのはこの東部辺境の中心地だ、都会だろうな」


 横で聞いてきたハリアに答えてやる。今日はマイアの膝の上で満足そうにしている。相変わらず誰かが時々菓子を口の中に入れているがもう見慣れた光景である。


「質問ですー、東都には誰が行くのですかー?」


 アリアの質問に何人かの目が輝いた。ここに住んでいると都会に行くような機会は滅多にないからな。


「東都に行くのはわたしとアルマスとリーラの三人のつもりよ。聖竜領はロイ先生を代理として、皆と相談しつつ運営しておいてほしいのだけれど」


「……僕がですか?」


「別に初めてではないだろう?」


 ロイ先生は不安そうだ。しかし、昨年クアリアに俺とサンドラが向かった時、ロイ先生に後を託していたことがある。知識と人格、周りからの信用のどれをとっても最適だと思うのだが。


「昨年ここを預かった時とは状況が大分違いますからね……。人も施設も増えましたし……。ちなみに期間はどのくらいになりますか?」


「三十日ね」


「…………なにも問題がなければいいですが」


 たしかに昨年と違って人の行き来も増えた、ロイ先生に気休めでも何もないとは言うのは難しい。


「スルホ様とシュルビア様の結婚式というと第二副帝も関わっています。断れるものではないでしょう。私も協力しますから頑張りましょう」

 

 ロイ先生を慰めるように言ったのはルゼだ。


「大丈夫ですよ。ロイ先輩なら何とかなります。オレも手伝いますから」


「みんな味方だから平気ですよ-」


 つられるようにユーグにアリアといった面々が同意する。きっと周りが支えてくれるから大丈夫なはずだ。


「実務の方はリーラの連れてきたメイド達が助けてくれるし。専門的なことはそれぞれ相談して。判断しずらいことがあったらわたしが帰って来るまで保留にしてくれてもいい。それと、第二副帝に連絡用の魔法具を手配して貰ってあるから、何かあったらそれで連絡もできるはずよ」


「万が一、本当に火急の用件があれば、聖竜様が俺に教えてくれる。そうすればハリアに飛んで迎えに来てもらうこともできる。大騒ぎになる覚悟がいるがな」


「……その手を使わずに済むことを祈りましょう。承りました」


 ある程度の対応策があることに納得したのかロイ先生は仕事を受けてくれた。

 彼には大分負担をかけてしまっているな。そろそろ、サンドラの秘書というか名代ができる人材がいたほうがいいのかもしれない。


「あの……私を同行させてもらうことはできませんか? 護衛ですし」


 そう言ったのはマイアだった。


「ごめんなさい。今回はアルマスとリーラで護衛は足りているから……」


「ですよね……」


 がっくりと肩を落とした。もしかして都会に行きたかったのだろうか?


「マイアはハリアと並んで聖竜領の最強戦力だ。もし氷結山脈から魔物が降りてきたりした場合に対応してもらいたい」


「最強戦力……承りました!」


 どうやら説得は上手くいったらしい。マイアは最強とか無双とかいう言葉が好きだからな。 聖竜様がいる限り、ここに魔物が降りてくる可能性は限りなく低いことは黙っておこう。それに実際、荒事に対応できる人材を残しておくのも大事だ。


「アルマス様。この姿のぼくもやっぱりだめ?」

 

 ハリアがつぶらな瞳で見詰めながら聞いてきた。もしかして、かわいさを武器にすることを覚えたか。・・・・・・手強い。


「駄目だ。騒ぎになる可能性があるし。お前には南部の管理という使命がある」


「うん、わかった。わかってた……」


 なんだかしょんぼりとした返事が返ってきた。


「なにか土産を買ってこよう」


「やったー。アルマス様、わかってるね」


 こちらも納得してくれたようだ。しかし、なかなか南部へ手を入れることができないな。ハリアも退屈していないか心配だ。いや、これ以上忙しくすると皆が保たないか……。


「あたいからも質問いいかい? 第二副帝のところで結婚式ってことは、大きなパーティーがあって、アルマス様も参加するんだろ? 平気?」

 

 聞きようによっては物凄い失礼な質問がスティーナから飛んできた。

 

 だが、もっともな質問でもある。第二副帝の娘が集まる結婚式だ、イグリア帝国の重鎮が集まるパーティーに参加することになるだろう。そういう場はただの宴会では無く、政治の駆け引きの場になる可能性が高い。


「あまり喋らないようにするつもりだ。……まあ、何とかなるはずだ。人間だった時は要人の護衛やその手のパーティーに参加したこともある。聖竜領の運営に口出ししようとしているような輩が寄ってきたら、その手のことはサンドラに一任していると投げるさ」


 実際、俺は聖竜領の運営方針に本気で口を出したことはない。基本的に横からサポートするに留めて、政治的な方面に手出ししないようにしてきた。俺を通して聖竜領に口出しはできないと思わせるように振る舞えば何とかなると思う。


「サンドラ様に全部丸投げって大変じゃないかい?」


「うっかり口車に乗って変な約束をされるよりは良いわ。まあ、アルマスは酔わないし色仕掛けも通用しないし、魔法も効かないでしょうから、この対応でいいと思う」


「その通りだ。知っての通り、俺は竜だからな」


「わかった。二人が納得してるならあたいは了解だよ。ロイ先生とここを守るさ」


 スティーナが言うと周囲の者も理解してくれたようで、とくに何も言わなかった。


「他に質問はあるかしら? 出発は十日後、それまでにできる限り引き継ぎをするわ。アルマスがいなくなるからゴーレムの大量生産などができなくなるから、気を付けましょう」


 サンドラの言葉に全員が頷くと、その後、いつものようにそれぞれからの意見を受けての話し合いが始まった。

 

 それから十日後、引き継ぎを済ませた俺達は皆に見送られて聖竜領を出発した。

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