第49話「元気よく言ったドーレスを見て、ダニーの方は苦笑していた」
エルフの少年にキノコを貰った翌日、俺は一仕事終えてからトゥルーズの所を訪れた。
幸いなことにトゥルーズは厨房にいた。建築の関係でクアリアから職人が来ているので、食事を作るために彼女は厨房にいることが多いのだ。ちなみに料理の評判はすこぶるいい。
「入ってもいいか、トゥルーズ」
「アルマス様、こんにちは。お昼の準備は終わったから大丈夫……。この香り? なに?」
俺が籠に入れて持って来たキノコにすぐ反応した。流石はトゥルーズだ。
「エルフの村でキノコを貰ってな。珍しい品らしいし、調理して貰いたいんだが」
そういって籠の中身を見せると、信じられない速さでトゥルーズが近寄ってきた。
「こ、これは……。エルフだけが食べられる収穫の手順と加工を知ってるっていう、キンソウダケ。別名、『隠された森の王』っ……」
わなわなと震えるトゥルーズ。尋常じゃない。
「もしかして、貴重なものだったか?」
「貴重なんてものじゃない……。採れる場所は少ないし、エルフの魔法を使ってしか収穫できない……。そうか、魔力が豊富だから聖竜の森に……。アルマス様、これ、加工済み……?」
早口で呟きながら、俺に確認をしてきたので静かに頷く。
「ああ、このまま食べられると言っていたぞ」
「……………私に調理させてくれるなら、忠誠を誓う」
それほどか。
「忠誠はいいから、美味い料理を作ってくれ。まあ、あまりないんだが」
籠の中に入っているキンソウダケとやらは五本しかない。このまま食べたらあっという間になくなるな。
「調理法を工夫すれば……。流石に詳しくないから試作も…………」
ぶつぶつと考え込むトゥルーズ。彼女らしからぬ反応が面白い。
「色々やってみます。できる量が少ないだろうから、二人でこっそり食べましょう……」
にやりと笑いながら、トゥルーズはそう言った。「他の人には話すなよ」という無言の圧を感じる。
「わかった。これは二人だけの秘密だ。これはトゥルーズに預けておこう」
「ありがとうございます。あ、ちょっと鮮度が……。アルマス様、魔法使えるんだから冷蔵してくれれば良かったのに……」
うらめしげな目でそんなことを言われてしまった。料理に関しては彼女は本気だ。
「すまん。気を付ける」
「色々と調理法を試すから、また声をかけます。お楽しみに……」
そういうと、トゥルーズは俺を全く見ないで大切そうにキノコを抱えて厨房へと向かっていった。
あれはもう話しかけるべきではないな。
そう思い、屋敷の外に向かう途中でサンドラとリーラに会った。
「おはよう、アルマス。トゥルーズに何か作ってもらったの?」
「いや、世間話だ。主に好きな食べ物とかのな」
俺が答えると、サンドラは「やっぱり」という顔をした。嘘はついていない、詳細を語らなかっただけだ。
「トゥルーズもアルマスと話すうちに皆と慣れてきたみたいで良かったわ。昔はもっと無口だったから……」
「はい。最初に会った時は口を聞けないのかと思ったものです」
リーラが同意を示す。トゥルーズをここに連れてくるまでにも色々あったのだろうな。
「そうだ、アルマス。ドーレスが帰って来てるわよ。あの子、結構腕利きみたい。魔物の素材を高く売って、色々と仕入れてくれたわ。荷馬車付きでね」
「それは凄いな。すると、次の出発までに素材を出さないといかんな」
先日俺達が退治した魔物は素材単位に解体され、保管庫に置かれている。結構量があるので手伝った方がいいだろう。
「色々と買ってきているから見るといいわ。それと、情報もね」
「ああ、聖竜領の外のことを仕入れてくれるのは貴重だな」
まだまだ聖竜領は田舎だ。普通に日々を過ごしているだけで、世間から置いていかれてしまう。
クアリアとのやり取りとドーレスが持ち帰る情報は、領地にとって大切なものだ。
「せっかくだ、土産話を聞くとするか。ドーレスはどこだ?」
「宿屋の建築現場よ。ダン夫妻と打ち合わせね」
「わかった。感謝する」
「トゥルーズに建築現場の差し入れを一人前増やすように言っておきましょう」
「それも感謝する」
気を回してくれたリーラにそう言うと、俺はさっさと屋敷を出て行くのだった。
○○○
既に大分形になってきた宿屋の建築現場に到着すると、その前でダン夫妻と作業机を挟んで話しているドーレスがいた。
近くには荷物を満載した荷馬車もある。
「ドーレス、思ったよりも早く戻ってきたんだな」
「ああ、アルマス様。お久しぶりです。ちょっと西の方まで行ったら素材を売り切ってしまったです。報告と補給のための帰還です」
言いながら、彼女はハーブティーを一口飲んだ。香りからしてラフレの葉か。現場では聖竜領産のが準備されているからそれだろう。
「ちょうどいい。俺にも外の出来事を教えてくれないか。……と、モイラさんは仕事中だったか」
見れば、ダン夫妻の奥さんの方、モイラさんが書類と格闘していた。見覚えがある、先日、サンドラがあっさり計算したやつだ。
「サンドラ様が作成した書類のチェックです。もうちょっと終わるところですわ」
「ほう。結構あったように見えたんだが。計算が速いな」
「サンドラ様ほどではありませんけれどね。妻はこうみえて、メイドとして住み込んだ先で頭の回転の速さを見込まれて、色々仕込まれたんですよ」
「たしかに振る舞いなどがしっかりしているわけだ。じゃあ、旦那さんとの出会いもそこか?」
ダン夫妻の旦那の方、ダニーは頬をぽりぽりとかいて照れながら首肯する。
「ええ、まあ。それで二人で商売を始めようとしたんですが、妻に目をつけていた面倒なのに絡まれましてねぇ」
「エヴェリーナ家との取引で、不正をしていると濡れ衣を着せられそうになったところで、サンドラ様に助けられたのですわ」
「まあ、相手が商人組合の大物で、メンツを潰してしまって、居づらくなったんですがねぇ。でも、おかげで良い場所にこれました」
昔を懐かしみながら、ダニーが言う。その目線の先にあるのは建設中の宿屋だ。
この夫婦はここで、商人としての一歩を本格的に踏み出すのだ。
それにしてもサンドラ、地味にいいことしてるな。本当に年齢不相応だ。
「はぇー。サンドラ様は凄いですねぇ。あてくしも、ここで頑張って働こうと思うです。そうだ、アルマス様にも関係のありそうな情報があってですね、クアリアの領主様が来年の春に結婚するようですよ」
「おお、いよいよか。賑やかになるな」
スルホの結婚は、妻であるシュルディアが色々と政治的なことを片づける必要があるので、時間がかかると思っていたのだが、案外そうでもなかったのか。
なんにせよ、めでたいことだ。俺も結婚式には出席することになるのだろうか? 参ったな、服とかないぞ。
「他にも色々とありますですが、サンドラ様にも報告しないとですね。それにしても、ここは建物が建つのが早いです」
「アルマス様とロイ先生のおかげですね。早ければ、来年の春には店が開けそうです」
「おお、では、宿屋用の物品の仕入れをしないとですね。あてくし、そこらじゅうで声をかけるので必要なものを言ってください。あ、それと素材も回収しないと。それから、ここで店をやるなら人も……」
「なんだか随分とやる気だな」
聖竜領に魔物をおびき寄せてしまった詫び代わりに働くことになったのだが、思った以上にドーレスはやる気だ。
「だって、やっぱりここは面白いところですから! いっそあてくしも協力して、将来はダン商会の幹部を目指すです!」
「おおげさですよ。商会なんて」
「あら、あながち大げさでもないかもですわ、あなた。ここは想像もつかないことばかり起きますもの」
謙遜するダニーにモイラがそう付け加えた。
「そうだ。素材の売り上げですが、アルマス様にも結構な金額が入るです。欲しいものがあれば、出かけた先で見つけてきますですよ?」
「む、そうなのか。しかし、金の使い道か……」
素材の売り上げの一部が俺に入るというのはわかる。魔物退治をしているからな。理に適っている。
しかし、金の使い道というのが問題だ。436年の野生生活と元々の性格もあってか、俺は物欲が薄い傾向がある。食事以外は。
「いきなり言われても思いつかない。食材……は、どうせトゥルーズに頼むことになってしまうしな。今度サンドラに相談してみるか。なんだドーレスその目は」
俺がそう呟くと、ドーレスがじっとりとした目で俺を見ていた。
「サンドラ様が言ってたです。『アルマスはいつもわたしを子供扱いする癖に、都合よく頼ってくる』って。ほんとなんですね」
「なんだと……。そんなことは……」
あるな。結構ちょっとしたことを相談してる。
「そうか。気にしていたか。子供扱いされることを気にするなんて、子供だな」
「それ、絶対に本人の前で言っちゃいけないやつですわ」
モイラが断言する口調で言った。確かにそうだ、気を付けよう。
「金の使い道くらい、自分で考えるか。自分の生活を見直す良い機会だ」
「それがいいです。ご入り用の時はダン商会へよろしくです!」
元気よく言ったドーレスを見て、ダニーの方は苦笑していた。
俺はしばらくその場に滞在し、ドーレスから外の話を色々と仕入れたのだった。
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