第47話「信じられないことを言うサンドラに、俺は絶句するしかなかった」

 領地会議から数日後、俺は自宅で朝を迎えた。

 いつも通り、朝日を浴びて目を覚まし、お茶の準備をする。

 今朝はハーブティーではなく、リーラから分けてもらった紅茶だ。

 俺は料理ができないが、茶を入れるだけならどうにかなっていた。ちなみにまだまだリーラの腕前には及ばない。


「ふぅ……いい朝だな」


 外は快晴。夏の暑さも収まり、空気は涼しい。散歩日和だろう。

 朝食は用意していなかったので、お茶を飲み終えた俺はすぐ外に出た。

 新しい家には立派な炊事場があるが、俺はまだ使ったことが無い。まともに料理できないからな。

 たまに休憩に来た誰かが使っているので無駄な設備ではないはずだ。


 俺の朝の日課として、自分の畑の世話がある。

 ハーブ畑と魔法草畑。規模は小さいが、立派な収入源だ。

 俺の育てたものは『眷属印』として、特別な箱に入れるなどして出荷されるようになるらしい。商品価値を高めるためにやるべきだとサンドラが言っていた。


 軽く畑の世話をした後は、聖竜領の森の畑を見にいく。

 

「おはようございます。アルマス様」


「おはよう。エルフは早起きだな」


 俺が姿を見せると、畑の世話をしていたエルフ達が挨拶をしてくれた。最近は、朝一番でここにアリアが来るのは二日に一度だ。上手く分業できているらしい。


「スティーナ達が伐採した木材はあっちでいいか?」


「あ、はい。よろしくお願いします」


 俺が畑の向こうを指さすと、エルフの一人が頷いた。

 ここ数日、建築用の木材を確保するためにスティーナ達が森を少し切り開いたのだ。

 既に木材は積まれていて、乾燥のための魔法を俺がかけることになっている。


 この木材乾燥は定期的に行っていて、聖竜領にとって大切な資材確保になっている。

 簡単な魔法なのだが、スティーナ達にはとても感謝されている。


「どれ、一仕事するとするか」


 そう呟きつつ、俺は畑の向こうへと歩みを進めた。


○○○


 木を乾燥させる魔法はすぐに設置できた。もう慣れたものだ。

 森での仕事を終えたので、俺は領主の屋敷へと向かう。

 足下は木の枝でできたエルフの道から石で舗装された道へと変わる。

 目の入るのは収穫の時期を迎えた畑、遠くに建築中の宿屋だ。建物はかなり大きく、すでに人間と作業用のゴーレムが働いている。


 なんでも聖竜領の建築は他と比べてかなり早く進むらしい。

 俺が木材を乾燥させたり、職人達と仲良くなったロイ先生が次々と新型のゴーレムを考案することで作業効率が上がっているそうだ。

 聖竜領はまだ20人かそこらの小さな村なので、効率が良いのはとても助かる。

 というわけで、俺は今日もその手助けをしにきたのである。


「おはよう、ロイ先生。ちゃんと寝ているのか?」


「おはようございます。大丈夫です、最近は遅くまで起きているとアリアさんに怒られますので……」


 外に置かれたテーブル上の図面を職人達と見つめていたロイ先生が挨拶を返してきた。

 ロイ先生はアリアに気があるそうで、よく一緒にいる。関係に進展があるのかは俺にはよくわからない。人間だった時もそういうのは疎かったからな。


「とりあえず、ゴーレムを造りに来た。いいか?」


「あ、はい。じゃあ、一緒にいきましょう」


 そういって、ロイ先生が近くにあった荷物から魔法陣をいくつか取り出す。

 聖竜領の一画にはウイルド領との戦いの時に使ったストーンゴーレムの残骸がまとめて置かれていて、必要に応じてそれをゴーレムとして再利用しているのだ。


「ロイ先生、働き過ぎじゃないのか? 工房でポーションも作っているのだろう?」


「大丈夫ですよ。アルマス様からハーブを分けて貰っていますし。最近は大きな工事が減って来ましたから。アルマス様こそ、働き過ぎなのでは?」


「そうか? 俺はあまり疲れないからな」


「僕達の手伝いだけじゃなく、魔物退治をしたり、戦いの先頭にたったり、少しゆっくり過ごした方がいいですよ」


「俺、そんなに忙しく働いていたか?」


「ええ、かなり」


 これは問題だ。俺が目指すのはスローライフ。ゆったり、まったりと過ごすことだ。妹のためとはいえ、他人に心配をかけるほど働いていたとは。

 たまには自分の時間をとるべきだろうか。


「しばらくは状況が落ちつきそうだから、少しのんびりすべきかもな」


 戦争とか魔物退治とかないし、畑仕事なんかも落ちついて来ているしな。


「ええ、そうすべきです。あ、あの辺りの岩にしましょうか」


 手頃な岩を見つけたロイ先生が、魔法陣を用意しながら走り出した。

 俺は杖を取り出して、後を追いかける。


○○○


 ゴーレム造りを終えた俺は、領主の屋敷へと向かった。

 働き過ぎを指摘されて、気になったことがある。

 サンドラもまた、働き過ぎなのではないだろうか。

 彼女はよくやっている。だがまだ13歳。

 俺などより彼女の方が休むべきなのではと思ったのだ。


 時刻はいつの間にか昼近くになっていた。

 領内を歩きながら仕事をするだけで、思いの外時間がたっている。

 執務室に入ると、そこには書類仕事をするサンドラとリーラがいた。


「失礼する。……やはり仕事中か」


「こんにちは、アルマス。お昼はもう少し後よ」


 挨拶するなりサンドラは食事の話をしてきた。間違いない、俺が昼食目当てで来たと思っている。


「別に昼食を食べに来たわけじゃない。ちょっとロイ先生に気になることを言われてな」


「気になること? なにかあったかしら?」


「俺は働き過ぎだと言われた。周囲からそう見られているらしい」


 さほど無理をしている自覚はないのだが。


「……………」


「なんだその表情は」


 サンドラは俺の発言に固まっていた。

 それを見かねたのか、リーラがペンを置いて口を開く。


「そうですね。聖竜領とクアリアを走って行き来したり、ひたすら魔法でゴーレムを作りつづけたり、山を動かしたり、危険な相手と戦ったりと。極端な働きぶりなので心配にはなるでしょう」


 たしかに、どれも身に覚えのあることばかりだ。


「そうね。わたし達がここに来て以来、アルマスはずっと働いているものね。でも、しばらくは大きな仕事はなさそうだから、少しゆっくり過ごしたらいいんじゃない?」


「それだ。サンドラ、君も少しは休め」


「はい?」


 意外な発言だったのだろう。サンドラが間の抜けた返事を返した。


「俺は竜だから大して疲れてはいない。だが、君は13歳の少女だ。無理をしすぎではないか。今だって書類の山を相手にしている。ゆっくりとした時間をとるべきだ」


 一通りそう言うと、サンドラは癖毛をいじりながら、困ったように返す。

 まさか自分がこんな指摘を受けるとは思っていなかったらしい。


「大丈夫よ。書類なんて大したことないし。農作業で体力もついたし。今だって、計算が終わったら休むところだったし」


「計算? この量をか?」


 サンドラの前に積まれているのは領地の収支に関する書類だ。

 計算するだけで昼など過ぎてしまう。


「む、わたしを信用していないわね。見ていなさい。リーラ、紙」


「はい」


 リーラから新しい紙を受け取ると、サンドラはすぐに計算を始めた。


「…………なんだと」


 サンドラの計算速度は恐ろしい速さだった。

 書類に書かれた数字を一瞬見ただけで、正しい数字を導き出し、次々と新しい紙に転記していく。

 一枚が処理される速度が尋常じゃない。ちゃんと見てるのか不安になる速度で、次々と収支の書類が処理されて一つの山を作りあげる。


「はい、おわり。どうかしら?」


「どうかしらと言われても……。ちゃんと計算してるのか?」


「失礼ね。ゆっくりやったし、二回計算したわよ」


「…………」


 信じられないことを言うサンドラに、俺は絶句するしかなかった。


「お嬢様の計算を見た方は皆様驚きます。それと、あとでもう一回、ダン夫妻とも確認しています。常識的な速さで」


「そうよ。だから安心して、わたしは書類仕事にそれほど苦戦してないわ。休みも適度にとってる。無理があったら人を雇うわ」


「そうか、それならいいんだが……」


 今の仕事ぶりを見させられてはそう言うしかなかった。

 杞憂だったか。これは。


「でも、ちゃんと休みをとるように注意するわ。色々とできることが増えたから、夢中になって頑張りすぎてる気がするのよね」


「お嬢様は仕事でストレスを解消しようとする傾向がありましたから、良いご指摘だったかと」


「余計なことを言ったような気がしてしまったが……」


「そんなことないわ。休日は大切だもの。今後はもっと意識しましょう。それと、ちょうど仕事が片付いたわ。アルマスもお昼を一緒にどう?」


 そう言うサンドラは、何だか嬉しそうに見えた。

 もちろん、俺に昼食の誘いを断る理由はない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る