第35話「わがままで強気、彼女を端的に表すのはそんな言葉だった」

 デジレ・エヴェリーナは苛立っていた。

 長身でスタイルの良い女性である。茶色い髪は豊かで、力強い眼差しがそのまま苛烈な性格を指し示す。

 わがままで強気、彼女を端的に表すのはそんな言葉だった。


 そんな彼女は、同年代のパーティーから戻り、屋敷につくなり見苦しくわめき散らしていた。


「どうして! どうして上手くいかないの! なんでよ! ちょっと前までいい顔してたのにどいつもこいつも!!」


 テーブル上に外した髪飾りを叩き付ける。辺境ならそれだけで半年は暮らせる品が砕け散った。


「はぁっ、はぁっ……。みんな、私じゃなくてサンドラを見てたっていうのね……」


 デジレは外見以外はそれほど優秀では無いと周囲から評されている。

 そんな彼女でも流石にわかっていた。

 春の初めに辺境へと追放された妹。サンドラ・エヴェリーナ。

 思えば、あの血の繋がらない妹は、こちらのご機嫌取りでそれとなく情報を渡していたのだ。


 今はそれがない。

 帝都における貴族の付き合いで情報は強力な武器の一つである。

 今のデジレは最新の流行や家同士の関係にも疎く、政治情勢についても語ることすらできない。それどころか、貴族同士で知っていて当然の話すら知らないこともあった。


 デジレは美人だが、帝国有数というわけではない。自らの美貌はあまりにも武器として頼りない。

 見た目はそこそこだが、世情に疎い女。


 それが、サンドラがいなくなった後にデジレに叩き付けられた世間の評判だった。


 最初はその自覚すら無い彼女だったが、夏が来るころになり人付き合いが明らかに減って、ようやく状況を飲み込めてきたのだった


「どうにかしないと……。どうにかしないと……」


 この帝都にいられなくなる。このままでは帝都から離れた田舎貴族辺りに嫁ぐことになりかねない。

 デジレは帝都できらびやかな生活をすることにこだわりのある女性だ。そのために自分が存在していると思っているくらいだった。


「デジレお嬢様、気を落ち着けてください……」


 使用人の一人がティーセットを持ってくると手慣れた動作でお茶を淹れ始めた。

 エヴェリーナ家の使用人はとても良く出来ている。

 帝都でも最高に近い腕前で淹れられたのはハーブティーだった。

 透き通るような爽やかな芳香にデジレは少し落ち着きを取り戻す。


「……そうね。喚いても何も変わらない。次の手を考えないと。……このハーブティー、香りも味も良いわね」


 一口飲んだだけで、そのハーブティーが特別なものであることがわかった。

 飲んだだけで心が落ちつき、頭が冴え渡る気さえする。


「はい。東部辺境の聖竜領という土地で採れたハーブだそうです。最近、帝都に少量入ったものを旦那様が頂いたとか」


「ふうん。辺境もやるものね……。聖竜領なんて聞いたことないけれど」


 デジレのその言葉に、使用人は少し悩んでから言葉を紡いだ。


「その……サンドラ様の領地です」


「……………」


 デジレの動きが止まった。ティーカップを持った手が震える。


「……………サンドラァァァ!! 追放しても私についてまわるっての!?」


 怒りのまま、カップをテーブルに叩き付ける。薫り高い芳香と共に、中のハーブティーが飛び散った。


「ヒィィィッ!」


 周囲にいた少女の使用人があまりの怒りに悲鳴をあげる。今のデジレは今までに見たことがないくらい荒れていた。


「はぁっ、はぁっ………………」


 立ち上がり、肩で息をしながらデジレは沈黙していた。その背中からは怒りの炎が見えるようだった。


「そうだ。いっそのこと……」


「……お嬢様?」


 ぶつぶつ呟き始めたのを不審に思い、もっとも年長の使用人が問いかけると、デジレは動いた。


「……聖竜領についての情報を集めなさい。ああ、それと紙とペンを。お母様へ手紙を書くわ」


 使用人に振り返ったデジレは恐ろしいほど朗らかな笑顔をしていた。


「す、すぐに用意します! 人の手配を!」


 その笑顔に恐怖を覚えた使用人達が動き出す。

 その様を眺めながら、デジレは思う。


 そうよ。いっそのこと、サンドラをこの手にいれて利用してしまえばいい。

 こちらのご機嫌を伺うのに必死な小娘だ。優しく接すればすぐに落とせる。


「あの、お嬢様。東部辺境は野蛮な風習も残っていると聞きますが。まさか、関わるおつもりで?」


 何となく考えを察した古株の使用人の問いかけに、デジレは自信満々に答える。


「だからお母様へ手紙を書くのよ。……帝国五剣がいれば、誰も口出しできないでしょう?」

 

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