第34話 自然が創りし"災厄"



目の前にいるのは、もはやA級などではない。

 ウルツァイトの鎧で身を纏った目の前の"竜"をどうやって倒すか。考える猶予など存在しない。


「奏介様、聖剣でヤツの身体になるべく多くの傷を!私の太刀では攻撃可能な箇所が少なすぎる!」

「分かりましたッ!」


奏介は眼前の怪物に臆することなく立ち向かう。

ーーそして怪物もまた、外敵を抹殺すべく唸りを上げる。


「コォォォォォ……」


赤く輝く宝石の瞳がこちらを睨みつける。だが、立ち止まることは許されない。

 

(できれば眼を攻撃したいけど、剣が届かない……!)


竜の全長は3メートルを超えている。首を伸ばせばもっと高くなるだろう。

奏介は咄嗟に攻撃箇所を変更する。


(狙うは胴体……サヴェーネさんが攻撃しやすい部位の装甲を破壊するッ!!)


奏介は竜の眼前を駆け抜ける。聖剣ならば、あの装甲ごと断ち切れる筈だ。


ーーーだが、敵は黙って見てなどいない。


「コォォォォ……!!」


唐突に腹を膨らませ、空気を溜める竜。そして、そこから繰り出される攻撃は、竜の中でも最も有名で、最も厄介なモノ。



「ーーーー!!」


息を吐き出す、"ブレス"。

漫画のように燃えてなどいないが、その吐息は超高温。そして、毒性を併せ持つ。


(やっ……ばッ!?)


奏介は咄嗟に急ブレーキ。だが、間に合わない。


「ぐあッ……!?」


灰色の奔流になす術もなく飲み込まれる。だが……


「あれっ、なんともない……?」


奔流が過ぎ去ったあと出てきたその姿には、傷一つなかった。その理由を考えてすぐ、思い出す。


「結界……[神聖なる領域セイントリージョン]の効果か……」


この遠征の出発前、メルから貰った魔法防具の効果をすっかり忘れていたが、こんなところで活躍してくれるとは。


竜も知能が高いようで、効かないと分かったらしい。今度はウルツァイトを纏った"尾"による攻撃が迫る。


ーーーだが、遅い。


視界は先程のブレスの影響でクリア。そして既に聖剣の間合い。もらった。

奏介は竜の腹部に一閃。だが。


(手応えがあまりない……!?)


瞬時に目の前を確認すると、たしかに竜の腹部に裂傷がある。ーーーだが、あまりに浅い。



(まさか、ウルツァイトは聖剣じゃ断ち切れないのか……!?)



あくまで聖剣が斬るのは歪な存在。だが、竜に纏われたあの装甲は、歪なものではなく、有るべきものだとしたら。


(害獣自体歪な存在の筈……なら、あの鉱石は害獣とは別なのか……?)


ウルカヌスのような、ウルツァイトが害獣になったモノは容易く斬り裂けた。だが、竜の身体に纏われたウルツァイトは斬り難いとなると、考えられる理由は少ない。


(鉱石は、竜の身体に合わなくて……体内で例えば、拒絶反応を起こしていたとしたら……)


それは果たして、害獣の身体の一部として認識されるのだろうか?


「ガァァァア!」


しまった、と奏介が思う頃にはもう遅い。油断は致命傷へと直結する。


「ぐッ!?」


全身に衝撃が走り、横に吹っ飛ぶ。どうやら胴体に尾が直撃したらしい。奏介の体は火口から引き離されていく。


(こ、このままじゃーーー落ちる)


「世話が焼けますね……ッ」


すぐにサヴェーネが受け止める。が、すぐには止まらない。足下に線を引きながら急停止する。


「ありがとうございます……ッ!」


「まだ動けますね。いいですか、火口付近はやはり視界が悪い。先程のブレスで多少良くはなりましたが、また悪くなるのも時間の問題だ。それに、奏介様が結界でブレスを防いでから、ヤツは一度も使っていない。少なくとも貴方にはもう使わないでしょう」


早口に捲し立てるサヴェーネの言葉を瞬時に理解していく。


「ーーーヤツを、火山から突き落とします」

「分かりました!」


竜はこちらに近づいている。動きが鈍いため、突進などはしてこないようだ。自分から転落してくれそうにはない。


「ヤツの足元の地面を崩したとしても、前脚が厄介ですね。斬り落とせますか?」

「時間をかけたらできるかもしれないですけど、効率的とは言えませんよ?」

「構いません。戦いに効率など、求めるだけ無駄というモノでしょう」


そういい、サヴェーネは竜に向かって駆ける。


「右脚にまず傷をつけてください!私の太刀ではウルツァイトは斬れません!」

「了解ですッ!」


サヴェーネが竜を引きつける。


「ガァアアアア!!」


左脚の黒爪をサヴェーネに向かって振り払う。


「獣の攻撃に当たるほど愚かではありませんので……おっと、愚か者の前で言ってはなりませんでしたね」


対するサヴェーネは、軽口を叩きつつ、バク宙。竜の黒爪は擦りもしない。


「悪かったです……ねっ!!」


そして奏介は竜の右脚を斬りつける。するとすぐに竜の体勢が崩れた。


「ゴォォオアアアア!!」


怒気と毒を孕んだ咆哮が、火山一帯に響き渡る。


「良い感じに見えますが……未だ我を忘れていませんね。流石は竜種といったところでしょうか」


サヴェーネがそんなことを呟く。右脚を傷つけることには成功したが、次は警戒される。せめて片脚だけでも斬り落としたら、火山から叩き落とせる確率は上がるのだが。


「幸いここら辺のウルカヌスはヤツが喰い漁ったようですね。エリー様とエルカ様から竜さえ引き離せば護る必要もない。そしたら、奏介様の魔法も使えるでしょう?」

「効くんですかね、アレ……」

「ヤツの傷口に剣を刺したまま使えばどうです? かなりの効果が見込めそうですが」


などとサヴェーネは言ってくるが、そう簡単にいくのかは、使うまで分からない。

とりあえずはーーー


「じゃあ、右脚は頼みました!」

「承知しました。ーー斬り刻んでやりましょう」


2人はそれぞれ左右に駆ける。

竜は尾と脚を使い抗戦するが、なんとか躱す。


「ガァアッ!!」


(コイツ、狙われてると分かってわざとか……!)


竜は、前脚が狙われているのをとっくに理解していた。そして、その対策が、前脚を武器として振るうこと。


(これだけ振り回されたら、狙うこともできない……!)


想定以上の智力に、2人は苦戦せざるを得ない。竜の脚のスピードはそこまで出ていないが、その大きさ故に迂闊には近づけない。


「獣風情が……!」


サヴェーネは右手を構えーーー発射。


「ガアッ!?」


腕に装着されたクロスボウから飛んだ矢は、先程奏介が斬り裂いた腹部に命中した。

そして当然、竜の動きが止まる。一瞬ではあるが、それを見逃しはしない。


「ーー行きます」


サヴェーネは太刀を閃かせる。奏介がつけた傷口をえぐり、広げーーー右脚が動かなくなるまで、破壊する。


「断ち切れ……ッ!」


奏介も左脚の破壊に取り掛かる。一撃でウルツァイトの装甲を破壊し、斬り返しで断つ。装甲さえ剥がせば斬るのは容易い。


「グガァァァァーーーーー!!!」


竜は痛みと怒りで周りが見えていない。落とすなら今しかないだろう。


「サヴェーネさんっ!!」

「言われずとも準備はできています」


そういい、素早く竜の後ろへ回り込む。


「神よ、御照覧下さいませーーー風神舞トルネイド


サヴェーネの手から放たれるのは、凄まじい風の奔流。


「ガアァァァ!?」


竜は耐えようとするが、後脚のみでは充分に抗えない。しかし、竜にも手があるようだ。


「コォォォォ……!!!」


腹を膨らませ、ブレスを放つ準備。サヴェーネは魔法を使用しているため防げない。


(させるかよっ!)


奏介は"サヴェーネ"の方へ飛び出す。竜の付近は風が吹き荒れているので、ブレスは止めれないと判断したからだ。


「サヴェーネさん、すみません!」

「エルカ様が見ておられますが、よろしいので?」


奏介はローブの結界、[神聖なる領域セイントリージョン]の効果範囲にサヴェーネを入れる。


「ーーーー!!!」


吐き出される熱風。だが、効かない。竜には結界など理解できないため、なぜ効かないのか全く理解できていないようだ。

 竜はサヴェーネの魔法に加えブレスの反動もついたことでなす術もなく吹っ飛ぶ。



ーーーそして、轟音。



「追いますよ、奏介様!」

「分かってますッ!」


2人も火山を駆け降る。そして遠く離れた窪地に竜はいた。前脚を使用できなくしたため、止まるのはもちろんのこと、減速すらままならなかったのだろう、全身の装甲に傷が付いている。


怒りの形相でこちらを睨みつける竜は先程までと比べ物にならない警戒ぶりを見せている、どうやらこちらが動くまで動かないようだ。


「奏介様、エルカ様達からは離れましたので、"魔法"を使用しても構いませんよ」

「了解。でもやっぱり邪道だと思うんだよね、これ……」

「正道邪道など関係ない。貴方は勝たねばならない理由があるのでしょう?」


そこまで言われてやっと奏介は魔法の行使を開始する。魔法と呼ぶのもおこがましい、その技を。


(感覚を研ぎ澄ませ、イメージしろ……)


剣に奔流を纏わせるイメージ。決して宿してはいけない。聖剣は変化を拒む。


(使うのは、ウルツァイト……!)


周囲の鉱石を、細かく変化。それと同時に奏介は竜に向かい駆け出す。


("鉱石"を……纏わせる!)


眼前の竜に、鉱石を纏う前に剣を、突き出す。



「ーーー穿て!」



聖剣から放たれるのは、無数の鉱石の"破片"。


「ガァァァァ!?」


凄まじいスピードの鉱石の弾丸に、竜の皮膚は装甲ごと剥げてゆく。


ーーーこの技は、聖剣の性質を利用したものだ。聖剣に岩を纏わせ強化しようとした際起きた炸裂を利用したモノ。

聖剣に魔法で変化を与えれば、それを拒む聖剣は纏わり付く物質を跳ね除ける。


そして跳ね除けた物質を敵に当てれば、この通り。


「思ったより機能するモノですね」

「調整が大変なので、神経使いますけどね……」


サヴェーネとの修練時の事故を思い出し、げんなりする奏介だが、その効果は大きい。


「コォォ……コォォォォ……」


竜は身体中に傷を負い、ブレスのためのガスすら身に溜められなくなっている。竜の持つ最大の機能を破壊した恩恵は大きい。


「奏介様、ヤツの体内のガスは衝撃吸収効果があります。が、抜けた今ですと恐らくダメージを全て負担することになるでしょう」


「なるほど……えっと、つまり?」


「ーーー何処を叩いても急所ですよ、ヤツは」


既に勝利は見えている。


「ーーーでは、終わらせましょうか」

「ーーー断ち斬ります!!」


「ゴォアアアアアアア!!!」


最後の竜の抵抗も虚しく終わる。


奏介とサヴェーネは高く飛び、確実に仕留めるために、"首"を狙う。



聖剣と太刀が、竜の首を補足する。



ーーーそして、交差する2つの刃が、1つの生命いのちを、荒々しく刈り取った。



















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