第33話 紅蓮の支配者




「あっつぅ〜……」



エリーが文句を垂れるがそれもしょうがない。

なんせ、今いるのは"火山"、正確にはその付近なのだから。


「まだ火口にいる可能性が高いですね。山頂まで登る必要がありそうです」

「この山おっきいよ〜サヴェーネ〜おんぶ〜」



歩き始めて40分。未だ火山にすら辿り着けていない。

 周囲は岩だらけで視界も良くない。高いものなら4メートルに達するのではないだろうか。


「…ソースケ、あれ…」

「ああ、また出てきたな……」


 エルカが指差した岩にいるのは、C級害獣[ウルカヌス]。すでに遭遇は4回目、10分に一度のペースだ。

 見た目はざっくり言えば"クモ"か。体から4本の足が生えており、その全てが鉱石で出来ている。しかも並大抵の武器では破壊できない硬度を持っているときた。

 何故C級なのかというと、魔法が使えれば対処が容易だからだ。硬く、武器での攻撃では倒せない。だが、魔法で凍らせる、2700度以上に熱する、もしくはひっくり返してしまえば身動きが取れなくなる。


だが、奏介にそんな方法は必要ない。


「くらえっ!」


 ただ、聖剣で斬るだけ。歪な存在である害獣を、神の剣は許さない。

 あくまで鉱石なので、いくら砕こうが体内の結晶が壊れない限り奴らは動き続けるが、足さえ砕いてしまえば害はなくなる。聖剣あってこそのパワープレイ。


「この世界がレベル制とかなら、ここでレベリングできたんだろうなぁ……」


 そんな事を言ってしまう程度には楽な仕事だ。どちらかといえば、暑さのほうが厄介になってきている。


「意味の分からないことを呟かれるのは後にして、宝石を探してください。あれは希少なアイテムですので」


サヴェーネは言いつつ身動きの取れないウルカヌスの全身を調べる。が、探している宝石は見つからない。


「……ダメですね、そろそろ見つかってくれるかと思いましたが、やはり希少と呼ばれるだけの事はある」


 サヴェーネが探しているのは、赤く輝くウルツァイトの宝石だ。結晶が埋まった鉱石は、内部で稀に変異を起こし、自然に体内に宝石を作り出すことがある。

 ウルツァイトの宝石は、まだまだスランタルの技術では作り出すことは不可能なため、1つ見つければそれだけで今回の遠征費を賄える。


「…もう、17匹め……」


ウルカヌスの合計討伐数を、エルカが呟く。

 ここに来てからというもの、宝石も見つからずモチベーションは下がる一方。このままでは山頂に着くまでに疲弊してしまいかねない。


「……仕方ありませんね。一旦休憩しましょうか」


 そう言いサヴェーネが見据える先は1キロほど先の窪地。そこなら周囲の視界を妨げる岩もないので、休憩には持ってこいの場所だろう。


「休憩するっていっても、この暑さだよ?時間経つほど体力なくなるんじゃない?」


と、エリーが指摘するが、サヴェーネにはすでに考えがあるようだ。


「私の魔法で風を生み出せますので、多少の暑さ凌ぎにはなるでしょう。そして、風は窪地の方が逃げにくい」

「そうなの?よく分かんないけど、涼めるんならなんでもいいやっ」


そういい先程より若干早いペースで歩き出すエリー。

 奏介達も後に続く。やはり、休憩地点が目の前にあれば多少の元気は出るものだ。


「あと、すこしっ!」

「エリー様、あまり急ぐと危ないですよ」

「大丈夫っ、まだまだ余裕だって〜!」

「先程までとはまるで別人ですね……」


……サヴェーネの忠告を聞かなかったエリーは、すぐにバテた。



ーーー


 15分ほど歩いて、窪地へ到着した。サヴェーネの魔法は想像以上に効果があったようで、早歩きでバテていたエリーたちも本来の調子を取り戻す。


「トライア火山まで2キロ弱。標高も高くない。準備はできていますか?」


サヴェーネが問いかけるが、問題なさそうだ。

 特に奏介とサヴェーネ、主に戦闘を務める2人のプレッシャーは大きい筈だが、2人にもそれに負けない覚悟と信念がある。


ーー奏介は、エルカの過去を、断ち斬るため。


ーーサヴェーネは、メルの成そうとしている事を支えるため。


たかだか災害などに負けるわけにはいかない。


「……では、そろそろ動きましょうか」

「はい」

「涼んだ涼んだ〜」

「…もう、エーリ、緩みすぎ……」


 4人は口々に言葉を呟くが、表情にはいくらかの真剣味を帯びている。全員が、この世界においてなんらかの死線を潜り抜けている事が見て取れる。

 

これから始まるA級害獣[フィニクス]討伐戦。

それはーー




ーーーこの4人で挑む、最初で最後の遠征だった。





ーーー



「ーーここですね」


 4人が辿り着いたのは、トライア火山の山頂。噴気のせいで火口内はおろかその周囲さえ煙で包まれている。

この状況で戦うのは不利だと判断したのだろう、サヴェーネが切り出す。


「火口内、もしくはその周囲にフィニクスがいる可能性は高い。鼻が利く害獣ではないので匂いでは勘付かれないでしょうが、あまり物音を立てないでください。奏介様、私はエリー様をお守りしますので、貴方はエルカ様を」

「分かりました! エルカ!」

「う、うんっ…」


奏介の後ろにエルカがつく。あってはならないが、もし負けたとしても、彼女だけは助けられるように。


そしてサヴェーネと奏介が火口へ近づく。どうやら周りにはいない。つまり、火口内に……


「……飛びかかってくるかも知れませんので、お気を付けて」

「サヴェーネさんもね…」


深呼吸し、ばっと中を覗く。


中から立ち昇る噴煙。そして、奥に赤く輝くのは……

「奏介様ッ!」


サヴェーネが奏介の体を引き、後ろに倒れる。


そして次の瞬間、奏介が先ほどまで立っていた場所にはーーー"漆黒の鉤爪かぎづめ"。


「……なるほど、これは厄介だ」


サヴェーネは理解した。この地に生まれ落ちた特異な害獣の正体を。


轟音を火口から響かせ登ってくる化け物。


「いいですか、奏介様。ヤツは恐らく、火口内でマグマを摂取し続けた結果、マグマに含まれた岩石までをも取り込み、"重くなった"のです」


巨体のせいで昇りづらそうだが、その音はどんどんと近づいてくる。


「先ほど見た赤い輝きは、紛れもなく"ウルツァイト"の輝き。ヤツがトライア火山の特質から得た力は、希少鉱物の"硬さ"です」



ーーそして、"紅蓮"の支配者が、降臨する。



「もはやアレはフィニクスではありません。

  紅蓮の装甲を手に入れた、"災厄"……!」



火口から現れた、その姿は。



赤い宝石の瞳に、黒い鉱石の鱗。



そして、自ら不要とばかりに引きちぎったのであろう、中途半端な翼。



もはや、竜ではない。



「コォォォォ……」



ーーーS級特異害獣[ヴォーニッド]、討伐、開始。



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