第32話 遠征5日目朝、無邪気な天使のお誘い〜死亡フラグを添えて〜



その日の朝は天気自体は快晴だった。火山から立ち昇る白煙が一部を占めている空は存外悪くない光景だ。


「…分かっておられると思いますが。討伐対象は恐らくこの地独特の性質を持っていると考えられますので、それなりの覚悟くらいはしておいてください」


サヴェーネが警告する。覚悟はとっくにしているつもりだ。


「浮かれ気分がここ数日続いていたでしょう。 敵の性質次第ではS級、"災厄"にも成り得る」


言いつつサヴェーネは手に持つ太刀を振る。

宿の外で、奏介とサヴェーネは軽く素振りをしていた。時刻は朝6時過ぎといったところだ。


「奏介様に教えた"魔法"も、多用はしないでください。使い慣れていない魔法ほど怖いものはありませんので」


出発前、サヴェーネとの修練により、奏介は1種類、魔法の使用に成功した。

そしてその魔法は、周囲を危険に晒してしまうため、場を選ぶ。


「…はい、分かってます。危なくならなければ、使いませんから」

「危なくならない可能性の方が低いと思いますがね」


そういい、彼女は振るっていた太刀を手の中で回転させ、パチンと綺麗な音を立て鞘に収める。


「……そろそろ朝食の支度をしなければなりませんね。エルカ様たちとも装備についての話をしなければなりませんし」


そう言い、足早に宿へ戻る。宿は夕食のみ作ってくれるらしく、村を助ける戦士にも朝食のサービスは行ってくれないようだ。

代わりに、調理室は好きに使っていいらしく、そのためにサヴェーネは昨日の夜中に食材を馬車から運んでいたようだ。


その日の朝食であるサンドイッチ的な何かを平らげ、奏介はエルカ達に問う。


「2人は火山までついてくるのか?」

「…?、そう…でしょ…?」

「何を当たり前なことを言ってるんですか、おにーさん」


まあ、なんとなくは分かっていたが。

 そうなると、2人の装備が心許ない。せめて何か身を守るものは装備してもらわないと、集中して戦うこともできない。


「防具とか何か、持ってきた?」

「…ううん」

「無いですよ?」


 当然のように答える2人。害獣討伐に行くのだから、最低限なにか持ってきているものだと思っていたが。


「…でも、ソースケ…いるし…」

「前の騎士よりも弱いんなら、問題なしかな〜って」


 完全に頼りにされている。喜ぶべき事ではあるのだが、今の状況的には笑うことすらできない。

……事態は悪い方向へと向かっている。


「…あのさ、今回の害獣なんだけど、様子がおかしいらしいんだ」


 ここで、フィニクスがその場から動いていない事などを一通り話す。

 それを聞いた2人は、少し心配そうな顔をする。


「え、おにーさん、勝てますよね?」

「さあ、ぶっちゃけ自信はない」

「聖剣あるのに?」

「剣を貰ったところでソードマスターにはなれないんだよ」

「でも、騎士を倒したからいけるっしょ?」

「トランサスを倒した時の動きはできない」

「……不味くない?」

「だいぶ」


 問答を繰り返すうちに、エリーは理解してくれたようだ。隣で聞くエルカも、納得した様子だ。


「もちろん2人を守るけど、それ抜きにしても、防具類は念のためにつけておいて欲しくて」

「うーーん……でも、防具屋さんなんてこの村にはないし、困りましたね……」


聞いたエリーが悩む。この村には防具屋とかも無いのか。逆にこの村には何があるんだろう……


そんなことを3人で考えているうちに、片付けを終えたサヴェーネが話に入った。


「まさか、何も持ってこられていないとは思いませんでしたが、無いものは仕方ありませんね」

「なにか、代わりの物があったりするんですか?」


オレがそう聞くと、サヴェーネは、


「ありませんね。ですが、そもそも使い慣れない重たい鎧など彼女たちには不要でしょう。彼女たちの服は防御面にも優れておられる」


と、そんなことを言う。

 確かめるためにじっと目を凝らして見てみるが……ダメだ、全くわからない。


「お嬢はああ見えて思慮深いお方です。恐らく御三方の服には耐熱などの最低限の性能は備わっているでしょう」

「えっ、そうなんだ!?」

「…メル、すごい……」


サヴェーネの一言にエルカとエリーは驚く。

エルカの服にある程度の性能があることは出発前に聞いていたが、エリーの服もそうなのか。


「でも、そういうことなら安心だな」

「竜種の危険性は全く変わっておりませんので。そこのところは頭に入れておいてください」

「わ、分かってるよ……」


浮かれたところに釘を刺された。相手はA級、"災害"なのだ。たしかに気を抜くことなどできない。


不意にエルカが、木の椅子から降り、こちらへ歩いてくる。


「ん? どうしたんだ?」


エルカは少し俯き、服を軽く引っ張る。

……何がしたいんだろうか?


「…そ、その、ソースケ……」

「お、おう?」


よく見れば少し顔も赤い。休ませてあげた方がいいんじゃ……。


そんな考えは、エルカの一言により掻き消された。


「…この、依頼が、終わったら…言いたいことが…」


上目遣いに見てくるエルカ。

普通に考えて、これは喜ぶべきシーン。だが、奏介にとって、"日本の人間"にとっては、違った。


(……あれっ、これって死亡フラグじゃね?)


エルカに悪気はもちろん無い。ただ勇気を振り絞って、思いを伝えたかっただけ。


(…き、気づかれてない…かな…)


ドギマギするエルカは知らない。


奏介が違う意味でドギマギし始めている事を。



(え、これってオレ死ぬやつ!?)



近くでエリーとサヴェーネが『良くやった』と言わんばかりの顔でエルカを見ている。死亡フラグが立ったのがそんなに嬉しいのかとも思ったが、そもそも彼女たちは"死亡フラグ"なんて知らないだろう。


(ね、念のために、もう一度装備点検しとくか……)



ーーーそして、迎えた正午。


この遠征の目的、A級害獣[フィニクス]討伐のため、

彼らは、トライア火山へ踏み込んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る