第31話 遠征4日目にして使命を知る


「…相変わらず早起きですね、サヴェーネさん」


4日目の朝。またしても行われた会議の影響により長く眠れた奏介だが、またサヴェーネが先に起きている。


「おはようございます、奏介様。メイドですので、当然の事です」

「昨日から寝てないんですか?」

「まさか。寝ずに活動できる筈ないでしょう。かい…見張りの途中、3時間ほど抜けましたので」


たったの3時間で、そこまで回復するものだろうか?


「そんなことより、奏介様。恐らく本日でトライアの村へ到着します。……念の為、武具を昼には用意しておくよう願います」


そんなことをサヴェーネは言ってくる。


「物騒ですね、そんなに危ない村なんですか?」

「いえ、まさか。奏介様は依頼の内容をお忘れで?」

「えっと、フィニクスの討伐、だよね?」



依頼内容は、災害級と揶揄されるAクラス害獣の討伐。


「災害と呼ばれる害獣が出たのです。

……村が無事に残っているかどうかをまず懸念するべきでしょう」

「そ、そんなにヤバいの?」


Cのナラシンハしか倒したことがないので明確な強さが奏介には分からない。

なので、楽観視していたことは否めない。


「仮にも災害とまで呼ばれる獣ですよ。依頼が通達されたのは1週間以上前で、村には物質を送る魔法使いはいません。これだけで、最低でも11日は経っている」


…11日。それだけの日数があれば、災害級の獣は一体どれほどの被害を出すのか。


「それこそ、"災害"級、としか言えませんね。あくまで可能性です。火山から動いていない可能性もある」


サヴェーネがそう付け加えるが、どうしても最悪の可能性が頭をよぎる。

森林を走る馬車の中、奏介は、自分が一体どれほど気を抜いてしまっていたのかと悔やむ。


「もうじき見えてくる頃ですよ。…あれば、ですが」


木々を抜け草原に出ると、奥にそびえるのは火山。

そして、その手前にはーー


「良かったですね。馬で火山を登らずに済みました」

「はは…」



ーーー小さな村が、しっかりと存在していた。



「お待ちしておりました、ソウスケ殿!」


村についた後すぐ、奏介たちは村人に出迎えられ、村長の家へと招かれた。

中には奏介とサヴェーネが入り、エルカとエリーは外で待っている。

目の前にいるお爺さんが村長だ。白髪、長い髭。

特筆することがどこにもない、ただの村長。


「えーと…とりあえず….」

「討伐対象の現在位置、火山周囲の地図、被害状況を」


奏介が慣れないことにもたついている間に、サヴェーネが全て言ってしまった。


「位置なのですが…フィニクスは未だ火山から動いておりませぬ。被害も特に無く…」

「全く、動いていない…?」

「その通りでございます。…そして、こちらがトライア火山の地図のですが…」


トライア火山の火山地形は成層火山。

そして、火山の周囲にかなりの凹凸、陥没地帯や巨大な岩が存在し、周りをうまく見通せないらしい。


「奇妙ですね……あの火山に生息しているのはウルカヌスと小さな緋蜥蜴ひとかげ程度の筈。とても食料を確保できるとは思えませんが」


サヴェーネは口元に手をやり考える。


「その、ウルカヌスっていうのは食べれないのか?」


奏介はウルカヌスという害獣を知らない。先に聞いておいた方がいいだろう。


「ソウスケ殿はご存知なかったですか。

C級害獣[ウルカヌス]は、火山噴火の際に生成される鉱物である『ウルツァイト』に、結晶石が付いた結果できたと言われている鉱物生命体です。

その害獣の硬さは折り紙付きで、ウルツァイト自体1等級の武装に用いられる事も多々ありまして…」


結晶石は鉱物まで生命体に変えてしまうのか。

この世界には人面樹とか人喰い花なんかもホントにいるのかもしれない。

しかし、鉱物でできた害獣なら、たしかに食料にならなさそうだ。


「…なので、火山にはフィニクスの食料となるものは存在しない筈なのですが…」


村長は腕を組み、深刻な面持ちのまま黙った。


「……村長殿。偵察者はなんと?」


サヴェーネが確認したのは、目撃した情報。


「たしか、そうですね……噴火口にあった卵から孵ったその姿は赤黒かったそうです。しかしフィニクスはその火山の性質によって体質が変化するので、あまり体表の色などは当てになりませんが…」


フィニクスは、体表を赤か黒、もしくはその両方の色の鱗に覆われている"竜種"。

二枚の翼を持ち火口を飛ぶその姿から、人々に"紅蓮の支配者"と呼ばれることもある。


フィニクスの特徴的な性質は、まず"吐息"。

火口に卵を産み、火口で孵化する竜種に多い性質だが、生まれつき体内に火山性ガスを溜めているのだ。

火山肺と呼ばれる部位に溜められるそのガスを、

竜種は外敵との戦闘時の咆哮により喉を通して噴出させる。

そのガスの有毒性は侮れるものではなく、間近でくらってしまえば人間はひとたまりもない。

また、炎への絶対的な耐性を備えており、マグマの中へ落としたとしてもあまり効果は見込めない。


やはり、災害級と呼ばれるのは伊達ではない。

そんなバケモノを4人、戦力的に考えれば2人のみで討伐する必要がある。


「ど、どうでしょうか…?勝機は…」


村長は不安げに問いかける。


「問題ありませんよ、すぐに討伐します」


この言葉には、村長のみならず奏介にも大きな衝撃を与えた。


「な、なんと…お言葉を疑うつもりはございませぬが、相手は災害級ですぞ?」


そして、サヴェーネはさらっと言い放った。


「問題ありませんね、彼、聖剣使いですから」


そう言い、指を指しているのは当然、オレ。


(………へ?)


「お、おおっ……なんたる幸運…神のお導きじゃ〜」


鞘の中身も真偽も確かめず謎の礼拝を始める村長。

いやちょい待て。


「さ、サヴェーネさん、それはっ…」

「辺鄙な村まで騎士が見回りに来るとは思えませんので、エンデに伝わる事はない、と考えましたので」


ーーにしても念のためってモノがあるでしょ…?


そんなこんなで、村長との話し合いはつつがなく終わったのであった。



ーーー


「あっ、おつかれー!どうだった?」

「……お疲れ様、2人、とも…」


木の両開きの扉を押し開けると、眼前にはエルカとエリー。


「遅くなってごめん。結構待ったよね」

「…ううん、大丈夫…」

「そーですよっ、少し寒かっただけですっ」


エリーの最後の一言により小さい罪悪感が芽生えてしまった。その一言は果たして必要だったのか。


「討伐は明日の昼過ぎに行います。討伐対象は火山から移動していないそうなので、警戒する必要もないでしょう。ゆっくりお休みなさって、明日に備えておいてください」


サヴェーネが要点を絞って伝える。

それで2人とも理解したようなので、宿泊予定の宿へと行く。


「でも、こんな村にも宿あるんだね〜…需要あるのかなっ」

「…しっ、エーリ…いっちゃダメ…」


失礼極まりない2人にサヴェーネがまた説明をする。


「火山は学者にとって研究対象ですし、トライア火山は希少な鉱石がよく採れるので、一応完全に需要が無いわけではないようですね」


完全に、というのは、魔法の発達したスランタルにとって武器素材収集などの必要性が減ったからだ。

火山などの研究にしてもわざわざこんな辺鄙な村まで来ずとも近くに点々と存在している。

ここに来る必要性は、限りなく無いに等しい。


その後、宿に入ったのだが。


「お待ちしておりました、奏介様ご一行!

 4名様ですね、お部屋はどうなさいますか?」


この一言により、場に緊張が迸る。


(エルカとおにーさんを同じ部屋にっ…!)

(やはり、奏介様とエルカ様は同じ部屋の方がよろしいでしょう)


エリーとサヴェーネはそう考えた。


(えっ…ま、まだ、心の準備が…!?)

(1人部屋かー、久々だなぁ)


心の準備ができていないエルカと、当然男女別で別れるのだろうと思っている奏介。


そしてーー真っ先に声を上げたのは、受付だった。


「4人部屋ありますけど、それにします?」


予想外の一言。しかし、各々思考を巡らせる。


エルカと奏介をくっつけるならこれを否定するべきだ。

しかし、今まで4人で同じ馬車で寝ていたのに、いきなり嫌ですと言うのはおかしいのではないか?

奏介に「あれ、これって意識されてる…!?」などと思われてはエルカをくっつける事に支障をきたしそうだ。


エルカから断らせる?

ーーいや、ダメだ。それで奏介が「あ、オレ嫌われてんのかな…」などと思ってしまっては2人の間に溝が…


…という一連の流れを、エリーとサヴェーネは瞬時に脳内で描いた。いささか奏介が面倒くさい男のようにも思えるが、それは置いておこう。


と、妙案の出ない2人を置いて、エルカが言った。


「じゃあ…それ、で…」

「はーい、かしこまりましたっ!……お布団は?」

「よっ、四つ…で…」


エリーたちはエルカの予想外の行動に驚く。

部屋への移動中、エリーは問いかける。


「ねえ、エルカ。おにーさんと同じ部屋じゃなくても良かったの?」

「…うん。…みんなで、いたい、から…」


そんな答えを聞いてしまって、少し気恥ずかしくなるエリー。

そして、奏介はというと。


(な、なんでだ…意識なんかしてないぞ、全然してないぞ……っ!)


思いがけない同室。

馬車では何もなかった、というかそれ以前にこの世界へ来てからずっと同じだったのに。

やはり宿というシチュエーションのせいだろう。

奏介は1人、雰囲気に苦しめられていた。



当然その夜何もなかったのは言うまでもない。





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