第28話 遠征1日目、旅に志さず
メルフィーユ邸を出た後すぐ、馬車は検問へ到達した。
メルに言われたように警戒していたが、
サヴェーネが紋章の入ったペンダントを見せるだけで通れた。
「…もう大丈夫ですので」
彼女がそういうと、後ろの積んである木箱の中から、3人の人間が出てくる。
今更誰か言う必要も無いだろうが、奏介達だ。
「ふぅー…案外緩いんだね、検問」
奏介はサヴェーネに尋ねる。
「出国は厳しくありませんね。それに、メルフィーユ家の人間は外に出る機会が多いので、多少は目を瞑ってくれます」
「へぇー、そんなに外行くの?」
今度はエリーが質問すると、それにもサヴェーネが、
「ええ。主に今回のような非正規依頼、外交、それから珍味の収集などがありますね」
エリーはへえ、程度のようだったが、奏介には気になるワードがあった。珍味だ。
(珍味の収集なんて事もしていたのか。
たしかにメルフィーユ邸のごはんは美味しかったし、後で聞きたいな…)
…日本に食糧だけでも持ってこれないだろうか…
ーーー
馬車が巨大な門をくぐると、その先には異世界転移初日にも見た、荒れた大地が広がっていた。
「ここから先、7キロ程で緑が広がり始めます。それまでは、せいぜいこの光景で満足していて下さい」
7キロも、荒れた大地は広がっているのか…
まあ、馬車で7キロなんてすぐだろう。しばらく暇でも潰しておこう。
「あ、おにーさんっ、私、暇になると思ってカード持ってきたんですっ!一緒にしませんか!」
そう言って、ごそごそと荷物から何やら絵柄の書かれたカードを取り出すエリー。どうやら、日本には無いタイプのようだ。
「へえ、面白そうだな。ルールは?」
「えーとですねぇ、これは騎士達の戦いを模したカードゲームで、まず初めに5枚のカードをランダムに引いて、相手に見えないように確認するんですっ。
そして、交換したいカードを選んでデッキからランダムにチェンジできますっ。そのカードを盾として横に並べてぇ…」
ふむふむ。一通り聞いた感じ、こうだな。
簡単にいうとこれは、ターン制のカードゲーム。
デッキは事前に中身が同じになるように二つに分けておく。そしてシャッフル。
1ターンに1度、デッキから手札を一枚得る「準備」か、手札を一枚使い敵の盾を削る「攻撃」が行える。
攻撃の成功条件は、攻撃対象の盾のカードに書かれたカードより数字が大きい事。同じ数字の場合は破壊。
数字は0〜12まで、0は最弱カードとなる。
他に2枚「堕天使」のカードがデッキには存在しており、攻撃に使えば必ず盾を破壊でき、盾だった場合は壊された後手札にそのカードを持ってくる。
勝利条件は敵の盾を全て破壊すること。
敗北条件は、盾を破壊されるか、手札がゼロになること。
とても単純で分かりやすいルールだが、この世界にも地方ルールのようなモノが存在するらしい。
「私のところでは、『盾修復』ってルールがありましたねっ!」
「へえ、どんなルールなんだ?」
「攻撃と準備以外に盾修復が行えてですねっ、手札のカードを盾にできるんです。ただし、盾にするカードは残った盾の中で一番大きい数字より小さくてはいけない、そして手札が残り2枚の状態では修復できない、です!」
なるほど、結構制限が増えるんだな。
「……混ぜて…」
外を眺めていたエルカもこちらに混ざる。
「よーっし、1番になった人は〜、私がサインしちゃう!」
……1位にはならないでおこうと、エルカとオレは心の中で決意した。
そして、1人で馬車を走らせるサヴェーネは。
「……楽しそうですね、ホントに…」
どこか羨ましそうに、1人で文句を垂れていた。
荒地を抜け、草原を駆け、森へ入っても、ゲームは続いていた。
「ぐぬぬ、最初は優勢だったのにぃ!」
「…はい…終わり…」
エルカがエリーの最後の一枚となった盾に無慈悲な一撃を放つ。数字はエルカの方が大きい。
「ぐはーっ!また負けたー!なんでだなんでだー!?」
先ほどの決意はどこへやら、エルカがダントツの1位となっていた。
「皆様、少し静かにしていただいても…?」
サヴェーネの一言でエリーは少し落ち着くが。
実際奏介とエルカ相手に既に4連敗、これは凹むだろう。
(…なんか、奏音にボコられてる自分見てるようで泣けてくるな…)
そんな同情をしてしまう程度には、奏介も敗北の苦味をよく知っていた…
「そろそろ暗くなりますので、今日はここら辺にしておきましょう」
そう言いサヴェーネは馬を止め、周りを確認する。
なかなか開けたいい場所を見つけれたのだろう、満足げに頷き、馬車から降りる。
「暗くなれば害獣が出る可能性もありますので、火を焚きましょう。エルカ様、荷物から着火機を」
着火機、というのはライターのような物だ。箱型で小さく、持ち運びに便利。結晶石を利用して作られた物の1つでもある。
着火機を受け取ったサヴェーネは、持ってきていた太刀を使い、木の枝を切り落とし、火をつける。
普通は落ちている枝を集めたりすると思うのだが、たしかにこちらの方が手っ取り早そうだ。
「えっと、今日は何を作るんだ?」
エンデを発ってから8時間ほど。よく考えてみれば、食事を取っていなかった。奏介が真っ先にこんな質問をしても仕方ないだろう。
「まだ時間的には少し早いですが、そうですね。簡単な煮料理をしましょうか」
サヴェーネが時計を確認すると、現在時刻は16時といったところ。この時間に食事を済ませて就寝すれば…
「では、少し早めの夕食を取り、明日は少し早起きしましょうか」
「えっ」
ここで反応したのはエルカだ。いつにも増して早いリアクションをした理由は一つしかない。
…エルカは早起きが大の苦手だ。
「……エルカ様、それほど慌てなくとも大丈夫ですよ。エルカ様とエリー様はいつも通りに起床なさってください」
なるほど、優しい配慮だ。……待てよ。
「あの、サヴェーネさん?オレは…?」
「呆れましたね、エルカ様たちの代わりに頑張ろうという気概くらいあるのでは、と信じていましたが」
「いややるけど!頑張るけど!優しさが欲しいな!」
つい旅先テンションで反応してしまった。抑えねば。
そんなやりとりがあった後、サヴェーネが振る舞ったのはトマトもどきをふんだんに使った料理だ。
「お〜、ミネストローネもどきだ…」
すごく美味しそう。でもミネストローネって煮料理じゃない気がする、詳しくはないけどそんな気がする。
「なんですかそのミネストローネモドキとやらは。
人の出した料理に勝手に名前を付けないで下さいますか?」
……なんかやけにオレの周りだけ異様に冷えてるな……スープは、あったかそうだなぁ……
完成したスープをうつわに注ぎ、チーズもどきをかける。とても香ばしい匂いがして、奏介たちの食欲は俄然上がる。
「では、どうぞ。あ、奏介様には少し多めに入れておきました」
なんということか。さっそくサヴェーネさんの氷河期が終わり、温暖化が始まったというのかッ!?
はやい、はやいぞッ!!オレでなければ見逃してしまうほどにッ!
「この後見張りで起きていてもらうので。おかわりは自分でお注ぎくださいませ」
ですよねー…そんな事だとは思ってましたよ、チクショウ。
「んっ、おいしー!サヴェーネやるぅ!」
「……おいし…」
エリーとエルカのお口にも合ったようだ。
……ん?なぜエルカは正常な味覚を持っているのに自分の料理の味の無さに気付かないんだ…味見しないのか…?
「そう言っていただけると幸いです。で、奏介様は?」
サヴェーネがこちらを見てくる。エルカ達を見ていた時の慈しみの込められた瞳はどこへ消えてしまったのだろう?
「うん、すごく美味しいよ」
まあ今なら味があれば大抵のモノは美味しく感じるが。味が無くても美味しいと言って食べるけど。
その答えを聞いたサヴェーネは満足そうだ。どうやら選択は間違っていなかったみたいだな。
「そうでしょう。それは私の得意料理のひとつでございますから。味音痴な方でも美味しく食せる筈です」
なんだろう、遠回しに味音痴って言われた気がする。
「サヴェーネの得意料理ってーことは、他国の料理?」
エリーの質問に、聞き捨てならない単語が入った。
「え?サヴェーネさんって、スランタルの人じゃないの?」
きょとんとするオレに、サヴェーネは先程と一転し、明らかな不満の表情になった。
どうやら先ほど稼いだポイントはゼロに戻ってしまったようだ。
「まったく…人種が違いそうなことくらい、顔の作りや口調で察せそうなものですが。耳と眼はどうやらお飾りのようでいらっしゃる」
口調って、メイドだからその喋り方って訳じゃないのか…いや待て、ならサヴェーネさんが普段から使っていたのは敬語じゃない……のか……!?
割と口汚く普段から罵られている可能性が浮上し、割と落胆する。というか立ち直れない。
旅先テンションから一気に気分は沈んでしまったが、まあ浮かれすぎてたし丁度いい…かも……
……そんなこんなで、夕食を食べ終え、就寝の準備に入る。
「分かっているとは思いますが、奏介様と私は交代で見張りをしますので、3時間経ったら起こさせていただきます」
「それじゃあ、先に休ませてもらうね」
サヴェーネが先に見張りを買って出てくれたため、3時間だけとはいえ休憩時間が取れた。
サヴェーネは馬車を走らせ続けていた上これから3時間の見張りをするのは相当な疲れだろう。
(オレも仕事、ちゃんとしなきゃ…)
奏介は、サヴェーネに任せすぎていたことを反省し、決意する。
(……明日になったら、本気だす…)
ーーーこの3時間後、22時に叩き起こされ、翌日の3時までの計5時間見張りをさせられた際に、その決意は忘れてしまっていたが。
こうして、彼らの波乱万丈な旅の1日目は、平穏に終わった。ーーーこれからと比べ比較的に、ではあるが。
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