第27話 仲間と共に
これまでの戦いと呼べる戦いは、どちらも対人、突発的なものだった。
トランサス、サヴェーネの2人はどちらも苦戦を強いられたが、辛くも勝利を手にした。
だが、次の敵は害獣。しかも場所は火山。
体験した事のない戦いになることはまず間違いないだろう。
そしてそのための準備期間で、各々が何をできるのか。
広い屋敷の中庭で準備をしているのは、奏介とサヴェーネの2人だ。
「サヴェーネさんは、鉄扇で戦うんですか?」
奏介はサヴェーネに尋ねる。あの鉄扇は強力な武器ではあるが、リーチなどを考えても巨大な害獣に使えるとは思いにくい。サヴェーネほどの使い手ならば使えるかもしれないが…
「持参はしますが、使用は恐らくほとんどしませんね。その代わりにこちらを使います」
そういい、彼女は黒い鞘に収められた太刀を見せる。
一見、何の変哲もない太刀だが…
「この太刀は奔流を練り鍛えられた魔法武器。今回の遠征に一番相性が良い筈です」
魔法武器、と聞くとやはり強力なイメージが奏介の中にはある。実際この世界もそうなのだろうし。
そして逆にサヴェーネが尋ねる。
「奏介様は、そのガントレットはすでに扱えるので?」
そういわれ、うっと言葉に詰まってしまう。
「い、いやぁ…それが実はからっきしダメで…」
今朝早く起きたのも、魔法を扱える練習をするためだった。しかし、何度しても結果は同じ。
「ていうか、武器に纏わせるのはできるんだけど、そこからどうすればいいのかさっぱりで…」
それを聞いてサヴェーネはふむ、と言い、近くの木箱の上に置いてある鉄扇を取る。
「ーーーーでは、面倒ですが私自ら教えて差し上げましょう。死体を持ち帰るのは面倒ですから」
案外サヴェーネは面倒見が良いのだろうか。言葉はキツいが行動が優しい。
「ホントですか!?じゃあ、お願いします!」
「ええ、承りました。……覚悟は出来ておりますね?」
「へっ?」
その後、地獄のトレーニングが待ち受けている事など、奏介に知る余地は無かった。
ーーーーー
「うーーん、ねえ、エルカぁ」
「…なに?」
「私さ、この依頼…できることなくないっ?」
メルフィーユ邸西館の倉庫で、エルカとエリーは持っていくものを選別していた。
「…そんなこと……」
「と?」
「……ある、かも……」
「そこは否定してよぉ!!」
エルカの肩を掴みガクガク揺さぶるエリー。
エリーの1番の悩み、それは「する事がない」、という事だった。
「火山までついてって私何すればいいの〜!?私言っとくけど隠された能力とかないよ〜!?」
「し、知ってる…から…」
「足手まとい確定じゃん!やだよそんなの足引っ張りたくないよぉ〜!」
喚くエリーの言うことも分からなくはない。だがエルカには、それ以上にーーーーー
「…でも、エーリ…いなきゃ、嫌…」
「へっ!?、いっ、いきなりだねっ!?恥ずかしいよぅ!」
エリーは笑ってごまかすが、エルカは至って真剣だ。
「だって…エーリ、いなきゃ…不自然」
「……それって、いっつも一緒にいるからいなきゃ変、ってこと?」
「…そんな、感じ…?、しーら…ない…」
そう言ってそっぽを向いてしまうエルカ。エリーは納得し切れていないようで、えー、と声を上げるが無視する。
そんなことを喋っていると、メルがやってきた。
「ここにいたのね、エルカ、エリー。荷造りは進んでいるかしら?」
「あ、メルちゃん〜!」
いつも通りのテンションの高さでメルを迎えるエリー。だが、その姿を見たメルはぎょっとする。
「ちょっ、エリー…アンタまた服ボロくなってないかしら?」
メルが一番に指摘したのはそこだ。
朝食の際は、座った姿しか見ていなかったので気づかなかった。
「へっ?そうかな?」
「そうよっ。アンタは無頓着すぎるのよっ、もうっ!」
お洒落意識が高いのだろうか、どうやらエリーの格好が気に食わないようだ。
「…はあ、しょうがないから服を見繕ってあげるわ。エルカ、アンタも来なさい?」
唐突に声をかけられたエルカは少し驚き、
「…私…も?」
と、控えめな声で聞き返す。
「当たり前じゃない、エリーに服を買うのに、アンタに買わなきゃ不公平でしょ。髪もボサボサだし、この機会にお洒落になりなさい?」
心なしかどこか楽しそうなメル。
エルカも、買ってもらえるなら、と倉庫を後にする。
明後日には遠征に行くのに呑気な事、と思うかもしれないが、彼女たち、少なくともメルは考えを持って動いている。エルカとエリーが着飾る事で救われる窮地がある……のかも知れない。
そしてその間も。
「らあぁぁぁぁあ!!」
「動きはいいですが…意識を私に割きすぎだッ!
武器の脈動を感じなさいッ!」
奏介とサヴェーネは、トレーニングに勤しむ。
ーーー聖剣使いが、新たなステージへ上がるために。
こうして出発の日はすぐにやってきた。
「どうっ!可愛いでしょ〜!」
「……どう…?」
目の前に立つのはエルカとエリー。
しかし、いつもとは装いが全く異なる。
エリーは革製と思われる焦げ茶のオーバーオール、同じ色の手袋とブーツに短パン。黒のタイツが脚を覆っている。そして頭には黒い髪飾り。
オーバーオールは多機能な様で、様々な工具をしまっておける様だ。
エルカは少し癖のあった髪の毛をすべて下ろし、服は白を基調としたフリルの多い丈の短いドレスのようなゴスロリ服。
裾からエリーと同じくタイツが脚を覆い、足にはドレスに合うようにデザインされているブーツ。
髪を下ろしたらこんなに長く感じるものなのか、と思わず思ってしまう。
「…あー、その……可愛いと思う、よ」
面と向かって言うのは恥ずかしいが、ここで言わなければなんだか男として失格な気がした。
「これで似合わなきゃ大枚叩いた意味がないでしょ、特にエルカの白ロリなんて見てよ!腕の装置を外さなくても違和感ない上、汚れも魔法で付かない様にした一品よ!幾らかかったか…でもその価値あるでしょ!?」
早口で言われたのであんまり理解できなかったがとりあえず頷いておこう。可愛いのに間違いはない。
「エリーはほんと頑固でさー、実用性ばっか求めてこういうの試着もしてくれなかったのよねー。ホント、職人気質よねー」
少し意外だ。装備に可愛いラクガキをしていたことを思うと、エルカよりエリーの方が喜んで着そうだが。
「まあ、花を持たせてあげなきゃでしょ?」
「まあ、それはアンタと同感だけど、本人達がねえ…」
エリーとメルが嘆息する。が、奏介もエルカも首を捻るのみ。
「あ、そういえばアンタにも買ってあげたから着てきなさいよ、ほら」
そう言い奏介にカバンを投げるメル。
「おっとと、ありがと。じゃあ、お言葉に甘えて」
そう言いカバンを持って屋敷へ駆け込んだ。
そして、5分後。
「ほーら、私のチョイスに狂いはないのよっ!」
高らかに笑うメルだが、確かにこれはすごい。
「おおー、おにーさんやるぅ!」
「…に、似合ってる…と、思う…」
エリーとエルカの反応も上々。
自分も気に入った。
「……これ、幾らするんだろ…」
自分が身に纏っているのは、服、ではなく鎧。
エリーが作ったものと合わせて装着でき、足りなかった部分を補っている。
「アンタ、鎧もフードも真っ黒だったじゃない?
夜戦用だと思ってたんだけど、それしか持ってなかっただけってエルカから聞いたから、作らしといたのよ」
ちなみに値段は聞かない方がいい、と付け加えられた。確かにその方が賢明だろう。
漆黒の装甲で守れない箇所を補う光沢を浴びた赤い鎧。そして、黒に金の刺繍が施されたローブ。
恐ろしい程に軽い。何でできているんだ…
「あ、ちなみにそれ魔法防具だから。効果は
[神聖なる
ザックリカンタンに言われたが、結界を張れる魔法武具…飾って家宝にした方がいいんじゃ…
「ま、武具なんて壊してナンボよ。装備も更新できたし、サヴェーネ、馬の調子は?」
「ええ、問題ないと思われます」
異世界でも馬はいた。見知った動物が引くなら安心だ。少なくともドラゴンとかよりは。
目の前には一台の馬車。馬は二頭。所謂二頭立て馬車だ。幌のかかった乗り込む部分は想像していたよりかなりの大きさがある。
「トライア火山まで、片道200キロ。4日ほど。討伐など含め往復10日間。食糧などは全て積み込み済み。
いつでも出発可能です」
サヴェーネの最終確認が終わり、乗り込み始める。
「うはーっ、思ったより広いねー!寝るには狭そうかな?」
「エーリ、はしゃがない…の…」
旅を楽しむ気満々のエリーと、母親のような立ち位置になっているエルカ。
これから10日、馬車で旅をする。そう思うと、自然と興奮してしまうものだ。
「アンタたちー、言い忘れてたけど、検問にだけ気を付けなさいよーっ」
窓の外からメルが叫ぶ。
「りょーかいっ!行ってきまーす!」
「…待っててね…」
「お嬢の側から10日も離れてしまうなど…くっ、さっさと倒してしまわねば…」
走り出す馬車の中、奏介は1人先のことを考える。
(この依頼が終わったら、エルカたちの過去と向き合う…)
その覚悟が、果たして今の自分に足りているのだろうか。その答えはまだ出そうにない。
だが、急ぐ必要もないと感じる。
既に、仲間としての信頼、絆が結ばれている。
今回の遠征も、みんなでなら乗り越えられる。
そんな気がする。
(だから、今回は……)
はしゃぐエリーと、注意するエルカを見ながら、思う。
(楽しもう、仲間との時間を)
10日、長いようで短い期間、難しいことは忘れよう。
仲間と共に、旅をして。いろんな経験を得て、戻ってきた時には。
きっと、悩んでいたことの答えは、出ているから。
こうして、彼らは新たな地へと赴く。
往復400キロ、王国スランタルより北北東に位置するトライア火山。
また1ページ、聖剣使いの歴史が刻まれる。
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