第25話 朝食は優雅に



コンコン、とノックの音が廊下に響く。


「朝食のご用意ができました。…まさか、まだ寝ておられるわけではないでしょうね?」


メイド長が扉の前で尋ねる。

しかし、返事は返ってこない。しかたなく扉を開けるとそこには、寝相のせいかベッドの横に落ちて寝ているエリーしかいなかった。


(はて…仲間を置いて逃げた、という訳では無さそうですが)


と、今の状況を推察していると。


「…あ、おはよ…」


エルカが風呂の方から出てきた。なるほど、シャワーを浴びていて聞こえなかったのか。


「おはようございます、エルカ様。奏介様はまだ時間がかかりそうなのですか?」


「…へ?ソースケ…?知らない…」


そして、メイド長が一言。

「ご一緒ではなかったので?」


エルカの顔が真っ赤に染まる。


「な、な、な、なわけっ…ないです…!」


(おや、違いましたか。倦怠期というヤツでしょうか?にしては昨日は…)


などとまだ勘違いを繰り広げていると、後ろから音がする。


「あ、えと…おはようございます…?」


肝心のお客様の出現だ。まさか、私より早く外に出かけていたのだろうか? 


「おはようございます、お客様。随分待たされましたが。今朝は随分お早いようで」


奏介は恥ずかしそうに頬を掻きつつ、

「あー、ちょっと、ね…」


何をしていたのか話す気はないらしい。この男は、自分に黙秘権があるとでも思っているのだろうか。

いや、まあいい。どうせ男のようなケダモノの朝の用事なんて数少ない。聞いても哀れむことくらいしかできないだろう。


「……、おはよ〜ねみぃ…ってあー!みんな揃ってるーー!」


エリーがやっと起きたみたいだ。一言の間にテンションが急激に変化しているが。

メイド長はコホン、と一つ咳払いをし、


「朝食のご用意ができました。ついてきてください」


「おー、楽しみぃー!!」

「エーリ、その前に…顔、洗って…」

「お金持ちの朝食…味の心配は……」


なんだろう、一晩でどれだけ慣れているんだ。

なんかもう自分家のような振る舞いをされている気がするが、これでいいのだろうか…?


その後、食堂へ全員が集まった。


「先に、申し遅れました、私はメイド長を務める…」

「急にかしこまっちゃってどしたのサヴェーネ!?」


「……サヴェーネ・ヴァーチェです…」



エリーの一言により、いたたまれない空気に包まれる。

(…こんな事で仕事を滞らせてはいけない!)


サヴェーネはお嬢のため、もう一度奮起する。


「これより、お嬢がこちらに来られます。エルカ様、エリー…様は、既にお会いしているでしょうが、奏介様は初めてでしょう。無礼な行動は慎むように、と言っても無駄かもしれませんが」


「ねえねぇ、私に様付けするの、ちょっと躊躇った?ねえ!?」

「だ、大丈夫ですよ、サヴェーネさん。…たぶん…」


……不安だなぁ。


そして、そこから2分ほど経過した。


バーーーンッ!と、勢いよく扉が開かれる。壊れても毎回修理するのはメイドだ。


カツン、と靴音を鳴らし現れたのはーーーーー


「あら、どこかで見た顔だと思ったら、エルカにエリーじゃないの。それと…アンタは初見ね、見た事ない顔だわ」


長い、金髪。紫の瞳。服は赤いドレス。履く靴はハイヒール。手には白い手袋、赤いリボンの髪留め。


一見して豪奢な雰囲気を醸し出す彼女こそーーーーー


「初めましてと、久しぶりね。私がこの屋敷の主人、メルフィーユ・クローラよ。名前くらい覚えて頂戴」


優雅に髪を払うその仕草からも、彼女、メルフィーユの高貴さが伝わってくる。


「えっと、オレは紺濃・奏介です。初めまして」


「コンノ。…ふーん、たしか聞いた話によると、サヴェーネをあっさり倒したらしいじゃない」


「いや、あっさりなんてそんな事は…それに、エルカの攻撃がなかったら…」


そこで少しだけ、メルフィーユが反応する。


「……へぇえ?エルカ、アンタ、少し見ないうちに変わったわね〜?男を連れてるなんて、ね?」


そう言い、カツカツと靴音を立てて、奏介の元へ近づいてくる。


「なっ!?」


背伸びし、奏介に顔を近づける。


「……フツー、な気がするけど、まあ好みは人それぞれよね。人の恋路を邪魔するほど、野暮じゃないわ」


そういい奏介から離れる。エルカは「こっ、恋路…!?」と慌てふためいている。


朝食の席にメルフィーユが着いたところで、サヴェーネが口を開く。


「さて、紆余曲折ありましたが、本題に入るとしましょうか。今回の遊戯の件です」


「あの、そういえば遊戯って結局なんのことだったんですか…?」


そんな質問をしてくる奏介をギロッと睨む。


「そんな初歩的な質問をされるとは…」


明らかに失望したような感じで見てくる。


「仕方ないので、サラッと説明して差し上げましょう。

メルフィーユ邸での略奪行為は通報されません。欲しいものを手にし、屋敷の敷地外へ出るか私を倒せば勝利。敗北条件は様々です」


「敗北条件は様々…?」


「それくらい自分で考えて欲しいのですが。例えば、死亡の可能性もありますし、運よく死なず戦闘不能、モノを獲らず逃げる、などですね」


奏介は考える。これはもしかして。


「エルカたちは知ってたの?」


「…うん、と、いうか…」

「これ、割と有名な話だよ〜?」


マジか。サヴェーネさんと戦う可能性も知ってたなら言ってくれればよかったのに。


「…トランサス、倒した、のに…苦戦する、とは…」


トランサスの方が強いのか…基準がよくわからない…


「それは興味深い話ですね、行方不明の転成者コンバーティブルを倒したのは、奏介様と?」


「そうだよ〜、最後の方見えなかったけど、めちゃくちゃカッコ良かったよ!」


なんて、サヴェーネさんとエリーが話す。

恥ずかしい言い方されてるし、軽くあの出来事はトラウマだから広めないで…?


「アンタ、強いんだ。ギルド登録してんの?」


野菜をのけて肉ばかり食べているメルフィーユが口を挟む。


「いや、ギルド登録はしてないよ」


そう言うと、メルフィーユは少し考える。


「そう。それじゃ個人依頼になるわね〜…

ーーーサヴェーネ、書類を持ってきなさい」


「畏まりました、お嬢」


「だから、人前じゃお嬢様、って呼びなさいよっ!」


何の書類を持ってくるのだろう、ギルド云々の流れを考えるとやはり、クエスト的なモノがこの世界にもあるのだろうか。


「……コンノ・ソースケ。アンタ、後で私の部屋に来なさい?勿論、1人でね?」


そう言いこちらを見てくるメルフィーユ。


「いいけど…1人?」


何故1人なのだろうか。聞かれてはいけない話か何かをするつもりなのか?


「アンタ、そんなの決まってんじゃない」


そこで、彼女は蠱惑的に片目を瞑り、唇に人差し指を添え、言った。



「男女の秘め事よ、分かった?」



彼女の放った一言により、場が凍ったのは言うまでもない。


こうして、メルフィーユ邸2日目が幕を開けた。

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