第23話 高貴な悪意はいかがですか? 烈



ーーーメルフィーユ邸本館にて



ただ一点、目の前の存在にのみ集中することの難しさが分かるだろうか?



「さあ、ご覧あれ。ーーーご乱あれッ!」


「…こいッ!!」


前方から迫りくる鉄扇の嵐。

それを手にした一振りの聖剣で薙ぎ払う。

それができなければ待つのは無惨な未来のみ。


(やられる訳に、いくか…)


もし、負けたら。その後どうなるか分からない。

ーーーそして、それは、オレ以外もそうだ。


ならばこそ。


「負ける訳にはッ、いかないんだよッ!」


駆ける。敵より疾く。


「良いッ!良い意気だッ!さあ、私と舞い狂いましょうか!」


鉄扇の薙ぎを、聖剣の一撃で打ち払う。

もう片方の鉄扇による追撃がくる。


「これで、どうだッ!」


振り下ろされる鉄扇を、打ち払ったときの勢いを用いて足で蹴り飛ばす。


「〜〜ッ!!なっかなか、良い判断力をしておりますねッ、お客様ァ!」


彼女はその場で回転し、身を立て直す。


その隙を見逃すはずもない。

聖剣を相手の肩目掛けて穿つ。

しかしーーー


「……せっかく盛り上がってきたのに、しらける攻撃をなさいますね、お客様?」


こちらの攻撃も、高く上げられた彼女の脚を覆うプロテクターによって横から蹴られ、逸らされる。


「真剣勝負で狙う部分が、肩?そんな筈は無いでしょう。……手加減でもなさっておられるおつもりで?」


「別に…殺す必要なんてないからだ」


彼女は冷めた目でこちらを見る。


「はあ……とても、気に喰わないことですね。

ーーーまるで、勝てる前提で戦っておられるようだ」


「……!」


「何か力でも隠してらっしゃるのか存じませんが。

お客様は…緊張感に欠けた闘い方をされる」


彼女はこう続けた。


「なんと言いますか……


ーーー殺さないように気を付けていらっしゃるので?」


その通り、だ。

トランサスを自らの手で殺した事を悔いているから、なのだろう。

どうしても、命を取りかねない攻撃は、できない。


「おや、お察しの通りといった所のようで。本当に、甘いのですね。お客様は」


「勝てば…いいんだ。殺すまでしなくても、勝ちさえすれば……」


「ええ、そうですね。勝ちさえすればーーー


ーーーいずれ復讐の刃が、誰かを切り裂く」


彼女の放った言葉は、彼のもっとも触れて欲しくなかった部分を斬り付けた。


「そんなこと…」

「ない訳ないでしょうに。トドメもさせないヘタレの様ですね、お客様は。ーーーでは、実演して差し上げましょうか?」


彼女は背後を見てにやりと笑う。

背後を見ると、そこにはーーー


「エルカっ、エリー…!」


「お客様がどうしてもやる気を出せない、というのでしたら、メイド長の私が致し方なくお手伝いして差し上げなければなりませんでしょう?」


「何かしてみろッ、本当にお前を殺す…!!」


「でーすーかーら、お話の分からない方ですね。

ーーー始めから、そのつもりで来い、と言っているのですよ」


「やらせてたまるかッ…!」


彼女の挑発に乗ってしまう。

乗ってはいけないと、頭では理解している。

オレは、何に苛立っているのだろうか。

それすら分からず、ドス黒い感情に飲み込まれそうになる。だがーーーーー



「ソースケっ…!!…見つけたっ…!…持ってきた…のっ…!!」



エルカの声が、聞こえる。


それだけで、落ち着きが取り戻せる。

体内で暴れ狂う感情から、解き放ってくれる。


そして、護る決意が、蘇る。



「…… エルカっ、それを!」


「……分かってる…っ!」


エルカの投げたそれを、奏介は掴む。


「……へえ、お客様は変わったものを狙いましたね」


彼女の興味がこちらへ向く。それほどの品、ということなのだろうか?

改めて、手元のアイテムを確認する。


(これは……ガントレット?)


それは、紛うことなき手甲ガントレット

前腕部分と、手の甲までを覆う防具。

手の甲の部分には、菱形の白い結晶。


(本当に、これをつけたら魔法を使えるようになるのか…?)


そしてその答えを得るには、装着する以外の選択肢などあり得ない。


ガチャリ、と金属特有の音を立て、手に嵌る。

サイズはピッタリ…ではないが、問題になる肌ではなかった。


変化はすぐに訪れた。



「……!!、これ…がっ……奔流か……!」


見た目に変化がある訳ではない。叫ぶ訳でも、驚く訳でもない呟き。


だが、メイド長はその言葉に反応する。


「……まさか、お客様。この国の…いや、この世界の人間ではない……?」


彼女の少し驚き混じりの言葉。


だが、その言葉は彼に届かない。

彼は、魔力の奔流という未知に、惹かれていた。



(身体の変化を許さない加護呪いがある以上、抗体ができた訳じゃないし、魔力を自分で作れてるわけでもない)



だがそんな事が些事に思えるほど、両手の甲から生み出される奔流は、凄まじいものだった。


「……エルカ、簡単に使える魔法って、ある?」


この力を試したい。そう思うのは自然だろう。


「……魔法は、簡単には、使えない…でも」


エルカは聖剣を見る。


「……武器に、纏わせることは、できる…」


「武器に…。奔流を、どう動かせば…」


魔力の扱い方を問う。…しかし、彼女がそれを待つ訳もなかった。


「……お客様。目の前の女性を無視するとは、良い度胸をなさっていますが…大変不愉快ですね」


自分を無視し、エルカと長々と話されたことによる苛立ち…だけではないようだ。


(彼も…奴と同じ血統ですか…汚らわしい…)


彼女が何を考えているのか、奏介に分かるはずもない。


ーーーだが、決着をつけねばなるまい。



「お客様の用事を優先できるほど、我々メイドは暇ではございませんので。…そろそろ、終わりにさせていただきましょう」



未だ魔法は使えない。だが、背後にいる2人を守るためにも、超えねばならない。



時刻は2時43分を回った。

メルフィーユ邸での戦いも、終盤に入った。








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