第21話 高貴な悪意はいかがですか? 1


現在時刻、深夜2時。


ーーーーーーーー作戦決行時刻だ。


オレ、エルカ、エリーの3人は共に黒いローブを羽織り、必要な装備を整えてやってきた。


「…作戦を、はじめる」


そういい、エルカは両腕を西館の屋敷の屋根目掛けてーーーーー発射。少しの音を立て、屋根に取り付ける。

そして、切り離し。

腕から伸びるロープを使い、屋根へ。


「切り離すこともできるんだな、それ」


「ん。そのための、ロープ…」


たしかに、エルカは以前からロープを買っていることがあったな。実際に使うシーンを見るのは初めてだが。


そして、3人が天窓から様子を窺う。

真っ暗というわけではないようだ。壁に取り付けられた蝋燭立てには、今なお火の灯り続ける蝋燭が、廊下を照らしていた。


「この程度の灯りなら、大丈夫でっす!」


エリーはそういい、持参した工具を取り出し、天窓を取り外しだす。手際が極めていい。

すぐに天窓は外れた。

「これでおけです〜……って、待機じゃダメなんだよねー…」


なんて、愚痴をこぼしながら工具を片付ける。


ロープで降りるが、誰もいない。

他の部屋にいる気配も特にない。どこかから見られている可能性もあるが、分からない以上突き進むしかないだろう。


(この後は、階段で下の階に降りて、本館へ移動…)


大きな屋敷といえども、限度はある。階段はすぐ見えるところにあった。


(思ったより順調ですね〜)


……などと、エリーが思ってしまう程度には。


「……ッ!!」


オレは咄嗟に手を横に出す。階段を下りきった、廊下の突き当たり、そこに人影。


(マズいな、本館への道には見張りがあるのか…だがどのみちあの部屋を通らないと倉庫へ行けない…!)


などと、焦っていたら。

(ソースケ、エーリ。口を、塞いで)


エルカが小声でそう言うので、オレたちは従う。

エルカは腕のパイプを一本分回転させる。

音もせず回るのは、普段からよく手入れがされている証だろう。

そして、プシュー…と。

謎の無色透明なガスが、部屋に充満した。


「……ん?なんだこりゃ…ぁ……」


と、あっさりと見張りが寝てしまった。その隙に本館へのドアを静かに開け、3人通った後すぐ閉める。


(はあっ、はあっ、エルカ、あれは……?)


大きく呼吸しながら問いかける。


(単なる…睡眠ガス…)


単なるって。めちゃくちゃ効き目があったみたいだが、大丈夫なのだろうか。


(ガスは、二本、しか…ない。だから、あと、一回…)


(くあ〜、何度見ても、エルカの[愚者の賢具ナールクレヴァネス]ってば便利だよねー。たまに羨ましくなるんだよね〜)


そんな名前だったのか。しかし、羨ましくなるのは同感だ。


気を取り直して周囲の分析をする。

奥の扉は恐らく東側へのルート。あの前にも見張りがいるだろう。そして右手の曲がり角。

恐らくあの奥に、使用人の寝室と、倉庫への入り口が見つかる筈だ。

影から様子を窺うが、誰もいない。他の使用人はみんな寝ているのだろうか。

そのまま静かに3人は分厚い錠前の掛かった部屋の前へやってくる。


(問題はここだ。はたして、魔法で作られているか…)


万一魔法でできており元に戻った場合に備えて、エルカが待機している。エルカの腕は機械の力により相当重たいものでも耐えられるらしい。なので、素手のエリーの分まで頑張ってもらう。

錠の前で奏介は神に"奇跡"の行使を願う。


(この錠前を……破壊しろっ!)


突然、音もなく錠前はその形を保てなくなり、鉄粉へと変化した。サラサラと崩れる錠前に3人は安堵した。


(運要素だったけど……ホントにこの世界は魔法でできたものが多いんだな……)


3人は、互いに目を合わせ、頷く。

ここまで来たら後は昇降版を起動させ、アイテムを見つけ次第ずらかるのみ。

扉の前で寝ている見張りは当分目を覚さないはずだ。


奏介は、力強くドアノブを回しーーーーー 



ビー!ビー!ビー!……と。



大音量のアラームが、館に響き渡った。



「嘘だろこんなとこで!?」

「罠あるの忘れてましたあぁぁぁあ!裏のドアノブに糸ついてましたあぁぁぁあ!!??」

「……もう、ほんとに…へっぽこ…!!」



後ろの使用人室では使用人が慌てて起きる音がする。

東館の見張りもすぐに駆けつけるだろう。


ーーーーー撤退するなら今しかない。

そうでないならーーー


「こうなりゃヤケですぅ!突入じゃああ!」


謎の修羅場テンションのエリーがいきなり駆け出す。


「お、おいっ!待てよ!……いくぞ、エルカ!」


「あっ…、うん……」


エルカの手を取り、駆け出す。


こんなしょうもない罠で台無しになったとはいえ、元から考えてあった一つの手段に切り替えただけの話だ。


(力ずくで、奪わせてもらうっ!!)


元々乗り気ではなかったが、オレのためにここまで2人に来させた以上、ここで本気にならないでどうする。


と、後ろから扉をバァン!と蹴破る音がする。


「……アナタ方ですね、今夜の来客は」


そこに立っていたのはーーーメイド服の女性。

長い茶髪を後ろで纏めた、青い瞳の長身。

彼女はとても美しい、メイドだ。

しかし、彼女がただのメイドでないことは一目でわかる。彼女の手にあるのはーーーーー鉄扇。


「お嬢の意思を汲み、殺すような真似はしませんが。ーーー料理の仕方を決めるのは、我々メイドの勤めですので。お客様、どうぞ心ゆくまで、お愉しみください」


「ッ…!エルカ、エリー、先に行けっ!」


ここで食い止めなければ。魔剣の力を使うことなく。


(6倍のブーストなしで勝てるかは分からない…それでも、時間稼ぎはできる筈だ…!!)


聖剣を抜く。そしてそれを見た相手も、戦闘態勢に入る。


「では、今宵も舞わせて頂きましょう。

 ーーーーー散りなさい」



メルフィーユ邸本館2階、聖剣使いと1人のメイドの、"舞踏"が始まった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る